ピーター・センゲ氏が述懐、品質管理の権威・エドワーズ・デミング氏との運命的な出会いPhoto Courtesy of Peter Michael Senge

パンデミックによって、日本のデジタル化の遅れが露呈した。さらに、多くの組織でDXの推進が取り沙汰されながらもなかなか進んでいないというのが現状だ。そのような状況下、組織が進化するためには今、何が必要か? 世界で200万部を超えるベストセラーであり、企業、学校、コミュニティなど、数多くの組織のリーダーや組織変革の担当者に今も読まれ続けている名著『学習する組織』の著者、ピーター・センゲ氏へのインタビューを全6回でお届けする。第4回は、品質管理の権威・エドワーズ・デミング氏との運命的な出会いや、どのような影響を受けたか、そして、センゲ氏が全力を注ぐ、経営と教育の両方のシステムに共通する巨大な問題について、話を聞いた。(聞き手/福谷彰鴻、翻訳・構成・文/奥田由意、長谷川幸光、宮外真理子、協力/中川生馬)

※本記事は、2022年6月8日に開催されたオンラインイベント「テクノロジーの進化と学習する組織」の内容を基に再編集したものです。

>>前回の続き

「学習する組織」の原則は進化している
ポイントは「技術」と「社会」の高度化の両立

ピーター・センゲ氏が述懐、品質管理の権威・エドワーズ・デミング氏との運命的な出会いPeter Michael Senge(ピーター・センゲ)
『学習する組織』著者/MIT経営大学院上級講師/SoL(組織学習協会)創設者。MIT(マサチューセッツ工科大学)スローンビジネススクールの博士課程を修了、同校教授を経て現職。旧来の階層的なマネジメント・パラダイムの限界を指摘し、自律的で柔軟に変化し続ける「学習する組織」の理論を提唱。20世紀のビジネス観にもっとも大きな影響を与えた1人と評される。その活動は理論構築のみにとどまらず、ビジネス・教育・医療・政府の世界中のリーダーたちとさまざまな分野で協働し、学習コミュニティづくりを通じて組織・社会の課題解決に取り組んでいる。著書に『学習する組織』『学習する学校』(ともに英治出版)、共著に『21世紀の教育』(ダイヤモンド社)など。
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ピーター・センゲ(以下、略) 私たちがよく突き当たる問題のひとつに、「絶え間ない日常的改善活動」(日本でいう「カイゼン」)があります。

「カイゼン」――最近の教育現場では「インプルーブメント・サイエンス」という言い方をしますが――は日本に深く根ざしていますが、世界共通のものでもあります。

 カイゼンを励行(れいこう)するチームでは、「メンバーがお互いを信頼していない」ことがよくあります。問題点をオープンに話し合うことはなく、「それは鋭いご指摘ですが、私の仕事にどう影響するのか心配です」といった自らの不安を口にしないのです。

 もし、あらゆるデータや問題発見のための高度な技術を持っていたとしても、信頼関係がなければ、片方の翼で飛ぼうとするようなものです。データだけでなく、信頼という、相互補完的な両者がそろってこそ、バランスよく効率的に飛べるようになるはずです。

 どのようなカイゼン活動においても、テクノロジーを使って、ボトルネックを解消するのではないでしょうか。組織内のエラーを見つけるのにどうするかというと、「やりたいことができないから改善する」です。

 そしてそれがうまくできるかどうかは「ソーシャル・フィールド」(※前回参照)の質によります。歴史的に日本が「品質革命」の初期段階をリードした理由のひとつは、ソーシャル・フィールドの質が高かったからです。

 これまでお話ししたように、日本は高度に文脈依存な文化的背景があります。人と人のバランス、量とのバランス、技術と個人のバランスの取り方が優れていて、アメリカも見習う必要がありました。カイゼンを生んだ製造業では特にそうです。今では、テクノロジーが介入するものが多く、単純なカイゼンは難しくなっています。しかし、カイゼンのやり方が変わるというより、カイゼンが進化するのだと思います。

 私の親友で、テクノロジー業界で大成功した起業家がいます。

 コロナ禍以前から、「コラボレーティブ・システム・デザイン」と呼ばれる、テクノロジーでつながったチームの共創が行われていました。ソフトウエア業界では、おそらく15〜20年前から広まっているトレンドです。テクノロジーを媒介として、人々が協力し合い、新しいソフトウエアを生み出すものです。彼の会社はこのコラボレーティブ・システム・デザインの分野で、世界でもっとも成功した会社のひとつです。

 近年のソフトウエア環境は、ますます複雑化していますが、本当のところは誰も全体像を理解していない。そこではいくつか問題が浮き彫りになりました。

 たとえば、複雑なソフトウエア環境に新しいソフトウエア製品を導入する場合、何が起こるか正確にはわかりません。

 彼は「自分が光のない部屋にいると思ってください。部屋に明かりがなければ、大股で速く歩くわけにはいかず、ゆっくり、一歩ずつ歩くでしょう」と言いました。小さな一歩を踏み出し、常にうまく機能しているか、この巨大で複雑なシステムの中で、このソフトウエアの新しい部分や要素はどのような影響を与えるか、を感じ取っていくことが必要なのだと。

 彼らは、「学習する歴史家」なのです。行動しては振り返り、行動しては振り返り、小さな一歩を積み重ねています。

 明かりのない部屋を、もう一度、想像してみて下さい。そこにいる人が、お互いに協力し合い、信頼し合わなければなりませんよね。何かあれば、誰かが「ちょっと待てよ、こっちで予想外のことが起きている」と教えてくれる。

 それを調整するのが「学習する歴史家」です。「予想ではこうだったが、こうなってしまった。数年前にも同じようなことがあった、そこで私たちは何を学んだのか振り返ってみよう」といったことを考える場をつくることに長けている人たちです。プロダクトサイクルはより短くなり、集合知によって改善が可能です。

 これは、技術の高度化と社会の高度化(ソーシャル・フィールドの高度化)が両立している、美しい例です。

 ちなみに彼は40歳までに3つの会社を起こし、売却し、今はセミリタイア状態です。多額の富も築き、テクノロジー業界での成功者と言えるでしょう。今は社会貢献に関わる組織で、この種の仕事をしている人たちのメンターをしています。

 このように、学習する組織の原則自体は変わっておらず、進化しているだけです。技術的にも人間的にも、両方の意味で向上していかなければならないのです。

 100年前の製造業が勃興したときも原則は同じでした。今日のテクノロジー業界もまったく同じですが、多くの人はそれに気づいていないのかもしれません。変化のスピードがあまりに速く、スピードに過度に依存し、知性が衰えているせいでしょう。「動け!動け!動け!」中毒になると、頭を使わなくなってしまう、知性が下がってしまうという研究結果は数多くあります。ミスが多くなり、考えることができなくなるのです。

 前回お話した私の友人のように、 「3年ぶりに考えた」ということが起こるのです。

――カイゼンといえば、あなたは、デミング博士(※)とも交流がありましたね。よろしければ、デミング博士のお話を聞かせていただけますか。

※ウィリアム・エドワーズ・デミング(William Edwards Deming/1900〜1993)…統計学者。陸軍長官顧問やニューヨーク大学教授などを歴任。行政や企業における品質管理(Quality Control)の基礎を築き、日本の品質管理の発展に大きく貢献。その後、日本企業が国際競争力を持つ基礎を築いた。