――日本は欧米や中国に比べて、マネタイズとスケールが苦手だと感じます。1→10、10→100を実現するために、シュンペーターは何が必要だと言ったのでしょうか。

 1→10とは「マネタイズ(社会実装)」を表します。これは顧客がお金を払って事業が回るようにすること。言い換えれば、「市場を作る」ということです。日本企業は「モノを作る」ことばかり考えて、「市場を作る」ことの認識が低い。「いいモノを作りましたがもうかりません」という話が多すぎます。市場を作るために、誰の財布をどう狙うのか、最初にもっとよく議論するべきです。

 10→100とは「スケール(市場拡大)」を表します。日本の中で小さなマーケットを作ってもイノベーションとはいいません。世の中を変えることがイノベーションですから、世界に市場を拡大しなければいけません。優れた商品やサービスであれば、周囲がそれを次々とまねして、「群生(エコシステム)」が生まれます。それによって市場が拡大され、標準化(コモディティー化)が起こります。

 その中で市場のデファクトスタンダードを握ることが重要です。まねされることを恐れてはいけません。iPhoneもiPadもたくさんまねされて、類似品だらけの巨大市場の中でデファクトスタンダードを勝ち取っています。さらに言えば、あえてコモディティー化するぐらいのものを作らないといけない。誰にもまねされないようなニッチな商品を作っても、イノベーションではないのです。

――先ほど、「両利きの経営」は創造的破壊を伴わないためにうまくいかないとおっしゃいました。創造ができずに苦しんでいる企業は、何をすれば良いでしょうか。

 両利きの経営も正しくやればうまくいくと思います。ただ、昨今語られている両利きの経営では、「知の深化」は自分の強みをそのまま深掘りすれば良く、「知の探索」は新しいものは外から持ってくれば良いと安直に考えているところに問題があります。

「自分の強み」と「新しいもの」は右手と左手のように別々に動かしても何も変わらない。自分の強みのないところには何の勝機もチャンスもないので、強みを徹底的に使い倒す必要があります。自分の強みを新しいものに応用しなければ意味がないのです。

 そこで私が良い方法だと考えるのは、「ずらし」です。今の強みを真っすぐ深掘りしても市場がないのであれば、安直に新しいものを探してきてくっつけるのではなく、強みをずらしながら掘ることで、自社ならではの新しい市場を作るのです。

 日本には、「ずらし」によってイノベーションを起こす経営モデルがいくつかあります。古くは、松下電工の丹羽正治さんが実践した「掘り抜き井戸」。これは「井戸を掘って地下水脈まで到達すれば水は出続けるように、技術も深く掘り下げることで事業はより続いていく」というものです。ただ技術を深化するのではなく、掘り抜くことで他の水脈へと展開できることを示したものです。

 日本電産の永守重信さんが三大経営手法の一つとしている「井戸掘り経営」は、「大抵のところは掘れば水が出るが、このたまった井戸水をくみ上げなければ新しい水は湧き出てこない。掘って水が出たら終わりではなく、くみ上げ続ける。それと同じで、経営の改革のためのアイデアもくみ上げ続けることが大切だ」という思考です。掘り当てたら次の井戸を探すのではなく、強みをくみ続けることが肝要。すると新しい強みが湧き出てくるのです。

 日東電工の「三新活動」は、「ずらし」の経営そのものです。既存の製品から、「新製品開発」と「新用途開拓」の2つの方向に同時に取り組み、この2つの組み合わせから「新需要創造」をするという活動で、自分の強みを徹底的に生かしながらイノベーションを起こすモデルです。これは日東電工が70年以上守り続け、繰り返し新しいマーケットを生んできた経営手法です。

「名和高司(京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋大学ビジネススクール客員教授)インタビュー(後編)」を読む。