従業員と産業医との面談時に起こりがちなこと

 予防医学では、病気の予防を一次予防(生活習慣の改善など)、二次予防(早期発見・早期治療)、三次予防(リハビリテーション)という段階で捉えている。産業医は、一次予防のための情報を総務・人事担当者をはじめとした従業員に伝えていく――とはいえ、日常業務に追われる従業員は自分自身の健康管理を後回しにしがちで、就労のサポート役である産業医と無縁の人も多い。企業は、産業医の存在を従業員にアピールし、適切な健康情報を伝えていくことが重要だ。

内田 自身の健康状態に関しても、休職制度などの人事制度に関しても、認識不足の方が多いですね。従業員の多くは、健康は二の次になりやすい世代です。病院で受診すべき状態なのにそうしない方も多くいらっしゃいます。その背景には、職場への申し訳なさ、人事評価への悪影響、経済面での不安などが隠れていることも多いです。そのひとつひとつに手立てがあることを説明して、「今は休むことが必要かも……」と思っていただけるような対話や情報提供をする機会が多いのも産業医面談ならではです。産業医の存在や両立支援のための人事制度を従業員の皆さんに正しく知ってもらうためには、企業経営者や総務・人事部からの情報発信が大切ですが、やみくもに発信してもなかなか伝わらないようです。たとえば、アルコール・飲酒運転については年末年始に、ストレスマネジメントについてはストレスチェックの時期に、といった具合にタイミングを見計らって発信したり、総務・人事部からではなく、あえて、各事業部の管理職から発信したり……と、従業員の方々に情報が確実に行き渡る方法を得られるといいですね。

 産業医と従業員のダイレクトなやりとりにおいては、“面談機会”のハードルが下がることが大切だが、面談の内容が職場の上司や総務・人事担当者に知られてしまうことを懸念して、仕事と家庭生活の両立における困り事や心身の不調を産業医に相談しない従業員も多いようだ。

内田 「健康相談室」といった窓口があるような大規模な企業は面談のハードルも低いですが、産業医が月に1回しか訪れないような企業では、“産業医面談”の窓口が総務・人事部になることが多いので、面談希望したことを社内担当者が把握することになります。

 私との面談の際に、「上司や人事部には内容を伝えないでください」と従業員の方がおっしゃる場合は、当然、それを遵守します。ただ、休職が必要なほどの健康状態であれば、「あなたの健康維持のためにも、組織がきちんと安全配慮を果たすためにも、会社側に伝えなければいけないと思います」と、相談者にお話しします。また、「今日の面談内容を総務・人事の担当者と共有したいのですが、伝えてほしくないことはありますか?」と改めて確認することもあります。まずは、面談した従業員の方との信頼関係を保つことを優先にしています。

 産業医の役割同様に、従業員にあまり知られていないのが「衛生委員会」の存在だ。衛生委員会は、従業員の健康被害の防止や従業員の意思反映を目的に企業が開催する委員会で、50人以上の事業場であれば月1回以上の開催義務がある。産業医も必ず出席するため、企業はこの衛生委員会をうまく利用することで、組織全体の健康意識を高めていくことができるはずだ。

内田 定期的に開かれる衛生委員会を、ただ単に「産業医が健康についてレクチャーする場」として捉えている企業もありますが、衛生委員会は、産業医も総務・人事担当者も各職場の管理職も集まることができる貴重な場です。従業員が抱える困り事や休職制度のあり方といった両立支援に関することも、その場で討議するとよいでしょう。新しい人事制度をつくる際の意見交換もできますし、健康情報を社内にどう発信していくかといったことも議論の対象になります。