両立支援を実現する、経営者や人事部の姿勢とは?

 従業員の健康維持や仕事と家庭生活の両立のために、産業医と企業経営者、総務・人事担当者の強い協力体制が必要なことが分かった。そうしたなか、ありがちな問題やその解決策はどこにあるのだろう?

内田 総務・人事部の方からは「社員へのヒアリングが怖い」という声をよく聞きます。会社へのあらゆる要望や不平不満の噴出が予想されるからでしょう。ヒアリングに対する後ろ向きの姿勢は理解できますが、聞き方を工夫して、「会社のどのような支援があれば、あなたは生き生きと働けますか?」と職場の皆さんに聞くことをおすすめします。それが、両立支援のひとつの手段だと思います。実現不可能な要望が出てきても、「貴重な意見として、会社の長期的な事業計画の中で検討できれば……」などと、まずは受け止めてみることが大切かもしれません。そして、従業員の困り事に対しては、産業医のアドバイスも大いに役立つはずです。

 また、「産業医にあまり関わってほしくない」と思っている総務・人事担当の方もいらっしゃるかと思います。それは、熱意のある産業医にありがちかもしれませんが、産業医が関わることで、各種の課題や各職場の問題が浮き彫りになり、総務・人事部の仕事がさらに増える可能性があるからかもしれません。もしそうなったら、いまは総務・人事部が手いっぱいであることを産業医に伝え、何から手をつければいいのかを産業医と一緒に考えればよいと思います。

 労務管理をはじめ、社員採用や教育、社内制度の構築など……総務・人事部が行うタスクは山積みだ。そうしたなか、従業員の相談相手になったり、職場間の業務調整に追われたり、と……多忙な総務・人事の担当者自身がメンタル不調に陥るケースも多いと聞く。

内田 仕事の負担感や孤独感を感じている総務・人事担当の方はかなり多いと思われますが、実は、産業医に相談されるケースはあまりないようです。自分自身が従業員から相談を受ける窓口である場合、ご本人自身は産業医という窓口を活用しづらく、悩みを心の内に抱え込んでしまうのでしょう。総務・人事担当の方こそ、ご自身の仕事や健康上の不安を産業医に相談してほしいですね。たとえば、衛生委員会の前後30分で、産業医と総務・人事担当者の1on1ミーティングを設けている企業もあり、それはお互いにとって良い場になっています。私自身は、総務・人事の方にできるだけ話しかけるようにしています。雑談を通してでも、お互いの距離感を縮められたらうれしいですね。

「企業が行う “両立支援”については企業経営者のメッセージも大切」と、インタビューの最後に内田先生が言葉を続けた。

内田 「なぜ、当社はダイバーシティを推進するのか」「どういう状況になれば、成功したと言えるのか」を経営層が議論し、その結論を、企業経営者が全従業員に向けて発信することに意味があると私は思います。メッセージがあれば、従業員が「こんな制度で、みんなが幸せになるのだろうか?」と疑問に感じることも減っていくでしょう。“両立支援”という題目だけで、議論があまりなされずにできた人事制度は、総務・人事部の負担を生み、従業員間の軋轢につながっていくこともあります。企業経営者が従業員に手紙を書くような気持ちでメッセージしている企業は、産業医の私から見て、生き生きと働いていらっしゃる方が多いですね。