新冷戦といえば、ウクライナ戦争の渦中にあるロシアを想起し、意外に思う読者が多いかもしれない。だが、ウクライナ戦争によって、現在の欧米諸国におけるロシアの劣勢は明確になっている。もはや、対立構図で論じられるレベルではないのだ。

 この連載では、ウクライナ戦争開戦前から、ロシアはユーラシア大陸の勢力争いで、米英仏独などNATO(北大西洋要約機構)に敗北していると指摘してきた(本連載第306回・p2)。

 振り返ると、東西冷戦期にドイツは東西に分裂し、「ベルリンの壁」で東西両陣営が対峙(たいじ)した。当時、旧ソ連の影響圏は「東ドイツ」まで広がっていた。しかし東西冷戦終結後、旧共産圏の東欧諸国や、旧ソ連領だった国が次々と民主化した。その結果、約30年間にわたってNATOやEU(欧州連合)は東方に拡大してきた。

ペロシ氏訪台で「アジア主戦場の米中新冷戦」の足音、日本に覚悟はあるかヨーロッパの地図(出典:123RF)。ポーランドやチェコ、ハンガリー、「バルト三国」などは冷戦後にNATOに加わった

 ベラルーシ、ウクライナなど数カ国を除き、旧ソ連の影響圏だったほとんどの国がNATO、EU加盟国になった。ウクライナ戦争の開戦前、ロシアの勢力圏は、東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退していた。

 ウクライナ戦争の開戦時、プーチン大統領は「NATOがこれ以上拡大しないという法的拘束力のある確約をする」「NATOがロシア国境の近くに攻撃兵器を配備しない」「1997年以降にNATOに加盟した国々からNATOが部隊や軍事機構を撤去する」の3つを要求した(第297回)。これらの内容からは、ロシアがNATOの東方拡大によって、いかに追い込まれていたかが見て取れる。

 そして、ウクライナ戦争開戦から5カ月がたった現在、ロシアはウクライナ東部を占領し、大攻勢に出ていると報じられている。だが欧州全体の地図を眺めれば、NATOの勢力圏が開戦前より拡大し、ロシアがさらに追い込まれていることがわかる。

ロシアの不利は明確
欧州は「新冷戦」の舞台ではない

 そう言い切れる要因は、長年NATOとロシアの間で「中立」を守ってきたスウェーデン、フィンランドのNATO加盟決定である(第306回・p3)。加盟交渉は当初、NATO加盟国の一つでありながら、ロシアとも密接な関係を保ってきたトルコが反対し、難航するかと思われた。だが、トルコはあっさりと翻意した。

 トルコはウクライナ戦争を巡り、最もしたたかに振る舞っている国だ。かつては、ウクライナとロシアの停戦交渉の仲介役を担おうとしたこともあった。そのトルコが、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟を認めたのは、相当の「実利」を得られると踏んだからだろう。

 スウェーデン・フィンランドのNATO加盟によって、地上におけるNATO加盟国とロシアの間の国境は2倍以上に延びる。海上においても、「不凍港」があるバルト海に接する国が、ほぼすべてNATO加盟国になる。単にNATOの勢力圏が東方拡大したという以上に、ロシアの安全保障体制に深刻な影響を与えることになるのだ。