行政も支援機関も“イノベーション”を心がけたい

清澤 法定雇用率の対象者の一部が週10時間勤務からになるのは決して悪いことではありませんが、あくまでも、それは週20時間以上の勤務を目指すための通過点として企業側にはとらえていただきたいと私は思います。もちろん、最優先するのは障害のある方の希望ですが、週10時間から20時間未満の仕事だと、キャリア形成の実現はなかなか難しいでしょう。キャリア形成ができないということは、障害者雇用促進法の方向性と異なってしまいます。たしかに、中小企業は働き手が足りず、予算が潤沢でないこともあるので、週10時間から20時間未満の勤務を永続的に考えてしまうかもしれません。しかし、週20時間以上の勤務が可能な方の視点に立てば、報酬の面でも短時間労働は納得いかないものでしょう。仕事を得て、働いて、自立したい障害のある方の意思を尊重して、企業側には法定雇用率制度に向き合っていただきたいですね。5年に1回の見直しがあることを見越したうえでの採用計画やキャリア形成のプランを考えることが大切です。短時間での雇用で、「みんなが働けるようになった!」と満足するのではなく、障害のある方が何を望み、どうすれば幸せに働けるのかを継続して考えていきたいです。

「もにす認定制度によって、雇用率以外の評価指標が明示されたことは、障害者雇用のあるべき姿を目指していく第一歩である」――特定非営利活動法人 全国就業支援ネットワークがこうした見解を示す*5 ように、ダイバーシティ&インクルージョンといった経営戦略とともに、日本社会における企業の障害者雇用は一歩ずつ前に進んでいるように思えるが、医療型就労支援モデル構築の第一人者である清澤さんは、昨今の情勢をどう見ているのだろう。

*5 厚生労働省 労働政策審議会(障害者雇用分科会)における「障害者雇用分科会にかかる意見書」より(2021年10月)

清澤 「良い方向に進んでいる」とは思っていますが、週10時間以上20時間未満勤務者のカウント化は、週20時間以上の勤務実現のための途中経過のためではないとしたら、私はネガティブにとらえてしまいます。週20時間未満の雇用について、否定的な企業も少なくありません。先ほども述べましたように、障害者の働く機会や社会参画の機会を増やすという意味ではよいことかもしれません。しかし、その方たちの生活を考えたら、週20時間未満では足りないこともあるでしょう。JEED(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)の研究の結果では、週20時間程度の勤務が精神障害者の安定的雇用が見込めるとありました。これは、現行の就労支援のやり方での結果ですが、週20時間以上の継続勤務を安定的にしていくためには精神障害者に対してどのようなトレーニングや支援方法が必要であるのかを考えることが重要だと思います。

 週あたりの勤務時間は最低20時間をキープする、もしくは、それ以上を実現するために、「就労支援機関や企業はこうしてほしい」という提言が行政から発信されず、「20時間未満もよしとするかたちになった」と清澤さんは解説する。

清澤 実際には20時間以上働いている方も多いですし、私の就労支援は週25時間以上が一般的で、1年後の職場定着率が全国トップレベルになっています。少し厳しい言い方をすれば、障害者の就労支援そのものをイノベーションしなければいけない時期なのに、国の施策や就労支援機関がその方向に向いていない気がします。

 これまでの就労支援機関による障害者支援は仕事に就くための支援モデルであったように感じます。障害者が働くことができるようになったのはこのモデルがあったからで、それは間違いのないことですが、障害者の就労が当たり前になってきた現在は、次の段階である「就労継続とキャリア構築」が重要となっています。就労継続のためには、病状管理などの就労準備性や医療的支援が必要です。しかし、残念ながら、現行のモデルではその部分への対応がなかなか難しく、次の段階へ対応するためには、障害者の就労支援のかたちそのものを大きく変える時期に来ているようです。つまり、障害者の就労支援そのものをイノベーションする必要があるのです。社会環境・経済状況が日々変わっていき、障害者雇用への企業側のニーズも変わっていくなかで、障害者の就労支援もそれに合わせて変えていくべきなのです。現状に課題があるのであれば、就労支援の仕組みを検討し、必要があれば仕組みそのものを大きく変えていく必要があると、私は思います。

 また、少し汚い話かもしれませんが、障害者が週30時間以上の勤務を行うことで社会保障費を抑え、税収増加を見込むことができます。そのためにも、就労支援の仕組みそのものを変えていく時期に来ていると感じます。