政府によるルール化だけではなく、自主的な動きも

 いま、国内では、「人的資本経営」について、具体的にどのような動きがあり、今後、それが各企業にどのような影響を与えていくのだろうか。

伊藤 直近の動きと企業に与える影響については大まかには3つにわけてとらえるといいでしょう。

 第一に、人的資本に関する政府の開示方針です。

 現在、内閣官房の専門家会議(非財務情報可視化研究会)において、人的資本の可視化に向けた議論がなされており、間もなく最終報告がまとまる見込みです*2 。すでに公表されている案では、人材育成・流動性・ダイバーシティ(多様性)などに関わる19の項目があがっていて、ほぼ、この枠組みで進んでいくと思われます。

*2 伊藤さんへのインタビュー取材時点では未公表。取材後に「人的資本可視化指針」が公開された。内容は(案)とほぼ同様。

 ただし、この方針は法的な義務というわけではありません。各企業が自主的に対応する目安となるものです。それぞれの企業が自社の戦略に沿う項目を選び、各企業には具体的な数値目標や事例を公表することが求められるようになります。

 これとは別に、金融庁は2023年度にも人的資本に関する一部の情報を有価証券報告書に記載することを義務付ける方針です。具体的には、男女別の育児休業の取得率・男女間の賃金差・女性管理職の比率などがその候補といわれており、政府の開示指針によって絞りこんだものになりそうです。こちらについては、上場企業は早急に対応が求められます。データを用意することはさほど難しくないと思いますが、データが公表されることで各企業の現状と取り組みが「見える化」されるインパクトは大きいでしょう。同業他社との違いはもちろんのこと、業界間でも比較され、ランキングなどが公表されれば企業イメージにも影響してくるでしょう。

 もうひとつ注目されるのが企業の自主的な対応です。

 今年2022年8月に、「人材版伊藤レポート」の伊藤邦雄氏(一橋大学CFO教育研究センター長)と日本を代表する企業経営者の計7名が発起人となって、「人的資本経営コンソーシアム」が設立されました。このコンソーシアムでは、人的資本経営の実践に関する先進事例の共有、企業間協力に向けた議論、効果的な情報開示の検討を行う予定です。

 さまざまな業界の企業が参加を表明し、大手企業も名を連ねています。追加募集も行われており、参加企業はさらに増えるのではないでしょうか。