情報開示は“人事部門の価値”を高めるチャンス
“人的資本の情報開示”は人事部門にとっては新たなタスクが増えることを意味し、ともすれば、担当者は消極的に受け止めがちだ。しかし、それではもったいないと伊藤さんは強調する。
伊藤 「人的資本経営」は、「人」という文字がついているので人事部門の担当案件と思われることがあります。しかし、人事部門だけですべてが対応できるわけではありません。
実際には、経営戦略そのものに関わることなので、経営企画部門や財務部門、上場企業であればIR部門なども人事部門とともに対応するのが基本です。その際、人事部門にとって重要なことは、受け身に回るのではなく、 “人事部門としての意思”を持って取り組むことです。
それには、社内において人事部門に何が求められているのかを理解し、人事部門がそれに対してどう貢献しているのかをデータで示さないといけません。そのことによってさまざまな人事施策に対して事業部門の協力を取り付けることが容易になるでしょう。人事部門と事業部門が一緒になって、人材についての課題解決を進めるかたちにつなげていただきたいと思います。
「人的資本経営」の流れは、人事部門が社内において、その価値や存在意義を高めるチャンスだといえるだろう。
伊藤 以前は、人事部門が男性の育休取得を進めたいと考えても、上層部の後ろ向きな反応でうまくいかないといったケースなどもありました。副業や兼業への取り組みに関してもそうです。
今後、人事部門には、人的資本経営の流れを、“外圧”として利用するくらいのしたたかさがあってよいのではないでしょうか。
「人的資本のこうしたデータ開示が求められているのに、当社は対応できていないのでまずいです」「ここは我が社の強みとしてアピールできるので、もっと取り組んでいきましょう」といった投げかけを、人事部門の担当者が経営層や事業部門に行ってみてはいかがでしょう。
もちろん、そうした姿勢がすぐに業績につながるというわけではありません。人材の多様性を広げ、働きやすい環境を整えることで組織の文化が変わり、優秀な人材が採用でき、その中から10年後、20年後の会社を背負って立つような人材が育つ。それが人事部門としていちばんしっくりくるストーリーです。これから成長していこうというベンチャーや中堅・中小企業であれば、人的資本の情報開示とともに、自社の存在を“キャリアを磨く場”としてアピールし、「当社に来れば、確実に成長できます」といったブランディングもありです。
人事部門が先頭に立って、人的資本経営の流れを自社の経営改革の梃子(てこ)にする――そうした気概を持って取り組むことが、人事部門の社内外における評価や価値を高めていくはずです。