基本給38万円、カジノリゾートのビジネス開発の求人に出合った

 テオ氏は、もともと中国の広東省広州と浙江省紹興を拠点に製造工場の責任者として働いていた。しかし、新型コロナが猛威を振るうなかで失業し、祖国マレーシアに帰国していた。

 今年4月にネットで、基本給1万2000リンギット(約38万3000円)という好条件の求人を目にした。カジノリゾートのビジネス開発担当で、勤務地はカンボジア。人材会社のマレーシア人スタッフによる幾度ものオンライン面接を経て正式に採用され、5月初旬に首都プノンペンに到着した。

 空港を出るとワゴン車に乗せられ、他の3人の同乗者とともに、問答無用で4~5時間ほど移動させられた。ある小高い丘の区画に着くと、フツフツと湧いていた疑念は確信に変わった。そこは、カンボジアでも悪名高い町・シアヌークビルでシンジケートが経営する一大犯罪拠点だったのだ。この「監獄」で、テオ氏は壮絶な3週間を過ごすことになる。

カンボジアの港町、シアヌークビルのリゾートホテルへ

 シアヌークビルはカンボジアの南西部に位置する港町だ。2010年に中国とカンボジア両国がシアヌークビル港経済特区協定を結び、中国資本で開発が進んだことで知られる。

 アジア経済研究所の初鹿野直美副主任研究員(カンボジア地域研究)によると、この街は、ビーチがあることもあり、かつては休日に現地人や駐在する外国人が小旅行で遊びにいくような観光地だった。それがここ数年で大きく変貌。2010年代半ばごろからカジノが増えてきて、2018年に訪問した時には、建設現場だらけで中国語の看板があちこちに出現し、街全体に「不穏な感じ」が漂うようになっていたという。

「街のキャパシティーを超えて、中国系の投資家や建設・カジノ関係の人が流入してきて、近年では、中国人同士でのけんかや殺人などのトラブルが増えてきていました。街のガバナンスが難しい状況になっていたのではないかと想像します」と話す。

 テオ氏が閉じ込められた場所は表向きにはリゾート宿泊施設で、現在でも旅行サイトagodaでは4つ星ホテルとして掲載されている。しかし、予約することは不可能な状態だ。Facebookページを見ると、今年4月にスタッフ募集中という趣旨の投稿があるのが最後である。一方、LinkedInやTikTokでは今でもこの運営会社のスタッフと見られる人物が堂々と求人活動を続けている。この施設には、中国とマレーシア両国の資本が入っている。

 テオ氏はこの施設に入る際、上下黒の装いでいかにも怪しい男たちに、金属探知機で入念な身体チェックを受けた。小銃やスタンガンを手にしている人がおり、周りには警備犬までいたという。