この巨大な区画の内部には、テオ氏が住むことになる住居棟や「仕事場」であるオフィス棟以外に、コンビニ、レストラン、サロンを装った風俗店、さらにはドラッグ販売店まであったという。男たちは、「外は危ないため」テオ氏に区画の外に出ることを禁じていた。

 テオ氏によると、住居棟は10棟ほどあったという。「(住居棟の中には)全部で7000人ほどいました。多くは中国大陸からやってきた中国人ですが、マレーシア人やシンガポール人、ベトナム人、フィリピン人もいました」

豚を囲うようにだます~オンライン詐欺のトレーニング

 他の数多くの「捕虜」と同様、テオ氏はオンライン詐欺を強要された。お金を盗み出す手段は実に狡猾だ。巧妙にだますため、専門の心理コンサルタントまでいたというから驚く。

「まず、用意されたスクリプト(台本)を使って、どのように人をだますかのトレーニングを受けました。セリフはターゲットによって違います。退職済みの高齢者、主婦や、新卒社会人などです。高齢者は銀行にお金があるから、彼らにとってはパーフェクトなターゲットです。また、寂しい主婦の話を聞いてあげたりします」

 昨今、日本など先進国を中心に急速な勢いで広がりつつあるオンライン詐欺(ロマンス詐欺、投資詐欺が中心)は、中国語で「殺豬盤」、英語でPig butcheringと言われる。豚を囲うようにしてターゲットを選定し、豚を育てるようにしてお金をかすめ取り続け、最後に豚を殺すごとくお金を巻き上げて消息を絶つというパターンに由来する。

 テオ氏はこの悪行を記録しようと、内部の写真や動画を撮り続けていた。ある夜、彼は中国に住むインドネシア系華人の妻や、マレーシアに住む家族に電話をかけた。だが、このことが彼を追い込むことになった。