当たり前と感じていた景色が変化していくこと

 スタディツアーの終盤、私は、宿舎で星野雄大くん(仮名)と同部屋となり、夜遅くまでスタディツアーで感じたことについて語り合った。星野くんは、美大に2年間在籍した後、学ぶ意欲を失って退学し、バックパッカーとなって世界を放浪するうちに、再び大学で学ぶ意義を見つけて、編入学試験を経て、神戸大学に入学してきた学生だった。さまざまな内容について語り合った中でも、スタディツアー後半のテーマとなった障がい者の文化芸術活動や作品の評価についての話題が印象深かった。私と星野くんとの対話は、こんな内容だった。

星野くん 「既に評価されているアート作品の真似事にとどまっているのでは、おもしろくないんすよ」

「障がい者のアート作品には、突き抜けちゃっているものもあるよ」

 そう言って、私は、障がい者の情熱がほとばしる魅力的な音楽作品(鹿児島県のしょうぶ学園の楽団「otto&orabu」のライブ音源)を、スマホで星野くんに聴かせた。

星野くん 「そうそう。俺、こういうの好きなんすよ。こういう唯一無二の作品を創作できるのが、障がい者アートの魅力っすよね」

「でも、なかなかここまで行きつくのは難しいよね。障がい者も、僕らと同じ文化の中で生きているわけだから、Kポップみたいなかっこいい音楽を演奏したいって思うよ」

星野くん 「そりゃそうっすよね」

 この話の流れで、フリージャズや民族音楽、劇団ラハプの作品の成長過程などについて話が盛り上がったが、ここでは割愛する。常識的な価値観から飛び出すことについて語り合ううちに、対話は、常識的な価値観に閉じこめられている私たちの日常に視点が移っていった。

星野くん 「どうして、ほとんどの人は、マジョリティの価値に巻き込まれて生きていて平気なんだろうって、いつも不思議に思うんすよ。自分に自信のない人が多いからなのかなあ。今度のスタディツアーでも、日本人の学生はなんか韓国人の学生よりも消極的で、自信なさそうなんすよね」

「確かに、鼻っ柱をへし折ったり、出る杭を打ったりする日本的な人間の育て方を見直した方がいいよね」

星野くん 「ほとんどの人が、自分のもっている価値が押しつぶされていることに気づいてないんじゃないすか」

「パウロ・フレイレっていうブラジルの識字実践家が言っていたことなんだけど、世の中を変えられるのは、被抑圧者だけなんだって。抑圧者は、理不尽な世の中を“当たり前”のこととして済ませてしまう」

星野くん 「仲間の学生たちを見ていると、自分が抑圧されていることに気づいていないように思えるんすよ」

 不確実性の高まった社会で将来の不安が増しているにもかかわらず、与えられた規範に縛りつけられて身動きが取れないという危機感は、多くの学生に共有されているように感じる。星野くんのような問題意識をもつ学生と出会うことは珍しくない。今回のスタディツアーに参加した学生たちが、自分らしい価値を生き生きと体現して生きている人たちと出会い、そのような危機感を希望へと転化させるきっかけを見つけてくれたらいいと思う。

 さまざまな領域で持続可能性が疑われている現代において、異なる価値観と出合うことによって当たり前と感じていた景色が変化していくという経験は、私たちが豊かに生きていくために不可欠だ。