企業においても、新しい価値観との出合いが必要
若者の保守化が進んでいると言われている。私が学生だった時代に比べても、学生たちが海外に飛び出していくチャンスは大幅に増えているはずなのに、海外に関心を示さない学生も多い。新型コロナ感染拡大の影響で、“オンライン留学によって海外で学んだことにする”という大学の方針を“幸い”と喜ぶ学生が多いことも事実だ。
それゆえにこそ、おとなたちは学生たちに海外に出かけていくことの魅力を伝えなければならないと思う。おとなが学生たちに機会を提供すれば、学生たちは確実に世界を広げる。世界を知るというだけでなく、自分自身を深く知る機会となる。日本で「当たり前」と思っていたことが、海外では「当たり前」ではないという事実に直面することで、自分自身が暗黙のうちに内面化している価値観や常識が意識され、相対化される。物の見方の多様性を肌身で感じることは、生き方の選択肢の広がりをもたらす。
今回のスタディツアーでいえば、世界で羽ばたこうと表現活動に勤しむ障がい者たちと出会うことで、学生たちは自分で自らを閉じ込めている枠に意識を向けたのではないだろうか。また、独立記念館訪問の後に何気なく交わす会話の中で、過去の日本が行った韓国に対する負の行為に対して、私たちがどう受けとめるべきかを省察する雰囲気になったことも、世界を知り、自分を知ることに結びついていく。
こうした経験に加えて、“価値観の多様性は容易に抑圧されるものだ”ということにも意識が向けられたと思う。障がい者が発信する価値観が社会からはねつけられることもあると感じたし、複雑な日韓関係のもとで文化的差異が常に肯定的に意味づけられているわけではないことも意識せざるをえない。誰でも、自分が「当たり前」と感じていることを根拠にして、ひとつの価値に固執してしまうことがある。
傷ついている人の心の中に土足で踏み入ることのないように、また、自分自身の中にある多様性が抑圧されていないかを振り返ってみるためにも、多様性が抑圧されてきた歴史、そして、現在も抑圧されている多様性があることを知ることも大切だ。文化芸術による価値の創造性について語り合った星野くんとの夜中の対話は、私自身も学生たちと一緒に「抑圧されてきた価値」について学んでいることを確信させてくれた。
新しい価値観と出合うことは、若者たちにとって特に大切だと思う。多感な時期だからこそ多くの価値観に触れることによって、心が大きく揺さぶられる。そして、新しい価値観との出合いの大切さは、若い時だけではなく、その後の人生でも同様だ。自分の価値観と対立する他者と頻繁に出会う現代では、私たちは他者と共に生きるために学び続けていかなければならない。
企業においても、新しい価値観との出合いによって心が揺さぶられる経験をする機会を、従業員に提供していってほしい。多様性が溢れる社会に私たちが豊かさを感じるためには、新しい価値観や異質な世界との出合いを楽しむ態度や素養が必要だ。人生百年時代、なるべく長い時間、柔軟で寛容な人格を保ち続けたい、と私は思う。
挿画/ソノダナオミ