潜入ジャーナリストが聞いた、「妊娠中絶」が選挙の争点になる米国のリアルな声ワシントンDCで街宣活動する中絶反対派の団体 Photo by Masuo Yokota

日本では、政治の場で人工妊娠中絶の是非が議論されることはないが、アメリカでは大きな政治課題の1つだ。トランプは就任以来、自らを中絶反対に最も熱心な大統領だ、として支持者に売り込んできた。
※本稿は、横田増生『「トランプ信者」潜入一年』(小学館)の一部を抜粋・再編集したものです。敬称略、年齢や肩書は、取材当時のまま。参考文献については、書籍の最後に一覧で表記してあります。

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中絶の是非

 翌朝の取材で話を聞いたのは、テレコミュニケーション業界で働くクリス・ケセラー(34)。ミシガン州からきた。トランプの支援者集会にくるのはこれで3回目だという。

──トランプ政権をどう評価しますか。

「トランプになってから経済が力強く成長しはじめた。オバマ政権では、高すぎる税金と、多くの規制や“オバマケア”など、そのすべてが社会主義的な政策だった」

 社会主義というのは、トランプ陣営やその支持者が、民主党の政策を貶めるときに使う言葉だ。

 社会主義体制では、人びとの個々の能力や努力は評価されない。均等に富が分配されるので、競争原理が働かず、社会全体が停滞してしまう、というマイナスの意味合いが込められる。冷戦以降、アメリカが抱いてきた社会主義への嫌悪を引きずっている。前回のトレドの集会でも、「社会主義はひどい!」という垂れ幕を持つ人びとを見た。しかし、本当だろうか。

──高い税率と経済成長は両立しうるのでは? たとえば、北欧3カ国とか。

「そうだね。スウェーデンは両立しているいい例だね。でも、僕は小さな政府を支持する自由至上主義者だから、アメリカがスウェーデンのようになるのには同意できない。自分たちの決定権は、自分たちの手にあったほうがいいと考えるからだ。政府の意向が大きくなるということは、それだけ国民の権利が小さくなることを意味する。僕は、国民の権利が最大になり、政府の介入は最小限に抑えるべきだと思っているんだ」

──ほかにどんな政策を重要視していますか。

「外交政策と生命尊重派。クリスチャンだから、中絶反対は大切な政策だ。今、アメリカでは年間約60万人の子どもが中絶されているけれど、中絶されずに生まれてきていたら、その中から、何人もの“スティーブ・ジョブズ”や“ウォルト・ディズニー”が育ったかも知れないじゃないか。そして、アメリカの経済を引っ張っていってくれたかもしれない」

 またもや中絶問題が大統領選挙に顔を覗かせた。