写真:オンライン会議,リモートワーク写真はイメージです Photo:PIXTA

コロナ禍以来2年以上が過ぎた。リモートワークは一部の会社では当たり前になったが、オンラインのみのコミュニケーションでは仕事に支障が生じると、リアルとのハイブリッドにしたり、リアルの割合を増やしたりする会社もある。オンラインコミュニケーションは脳にどのような影響を与えるのかをめぐって「脳トレ」や認知症の研究で知られる川島隆太教授と本連載『組織の病気』著者の秋山進氏が対談。感情が働かないオンラインコミュニケーションだけに頼ると人類には途方もない危機が訪れると川島教授は警鐘を鳴らす。前編ではなぜオンライン会議では脳が対面していると認識しないのか、脳の同期を使った場の盛り上げ方、聴衆をひきつけるテクニックなどの話題が出た。(取材・構成/ライター 奥田由意)

オンライン会議には
脳は参加していない

秋山 ビジネスの基本は言うまでもなく、コミュニケーションです。コロナの状況下では、もともとよく知っていた人とはオンラインでも当座は問題ないと感じていましたが、オンラインが初めてで、オンラインでしか会ったことのない人は何回も会っていても覚えられないし、街で会ってもきっとその人だと分からない。実際に会うこととオンライン会議では格段に情報量の差があると思いますが、脳は人の顔や印象をどのように記憶、認識しているのでしょうか。

「オンライン会議は脳にとって質の悪い紙芝居」脳科学者が訴える危険性川島隆太(かわしま・りゅうた)東北大学加齢医学研究所所長、東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長
1959年生まれ。千葉県千葉市出身。東北大学医学部卒業、東北大学大学院医学研究科修了、スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学未来科学技術共同研究センター教授などを経て2006年より東北大学加齢医学研究所教授。2014年より現職。2017年より東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長。脳のどの部分にどのような機能があるのかを調べる「ブレインイメージング研究」を手がける。ゲームソフト「脳トレ」の監修でも知られる。著書に『スマホが学力を破壊する』『さらば脳ブーム』など。近著に『オンライン脳』(アスコム)がある。

川島 オンラインは脳が対面で会っているのと同じだと認識してないということが研究で分かっています(※1)。日常の会話は相手と視線を合わせることで相手の感情を推測します。オンラインでは会話が進んでも視線が合わない。また、音と画像が微妙にずれているため、脳にとっては質の悪い紙芝居のようなものです。よく知られたサブリミナル効果の実験で、映画の1コマにコカ・コーラを写すと、観客の意識しないうちに、コーラの好感度が上がっているという心理実験があります(※2)。脳は1秒間に24コマあるフレームをひとつずつくまなく見ていますが、人は意識の上ではそれを連続したものとして、情報をまるめて受け取ります。同じようにオンライン会議では、カクカクした質の荒い画像とずれた音声を紙芝居として受け取るのです。

 脳は人がコミュニケーションを取る際にどう働くかということを私たちは研究で明らかにしたのですが、前提となる実験はコロナ前からたくさんありました。いいコミュニケーションとは共感を得られること。人の感情を慮るとき、額の中央の奥にある前頭前野という部位の脳波が活性化しますが、お互いに相手の感情を理解しようとする良いコミュニケーションが取れている状態のとき、脳活動の揺らぎが同期(シンクロ)します。

 これは、原子力発電所での事故の処理をシミュレーションする実験で偶然分かったことです。4人のチームの中に1人だけ新人を入れて、脳活性を測りました。実験する際、私たちは誰が新人かを知らされていませんでした。データだけを見て解析すると、4人のうち3人の前頭前野の脳波は同期し、1人だけ違う波形のデータがあり、果たしてそれが新人の脳波だったのです。別の実験で、親子が会話しているときに前頭前野の脳活性を測ると、コミュニケーションが取れている場合はやはり脳波が同期していました。

 この実験を踏まえて、コロナ禍で緊急実験を行い、対面とZoomを使った会話の差異を調べました。同じチーム、同じ学部、同じ性別の5人ずつを対面チームとZoomチームに分け、共通に関心があるテーマで話をさせました。対面チームはすぐに前頭前野が同期し始めましたが、Zoomチームでは、はた目には会話が成立し、ハハハと笑い声も飛び交い、盛り上がっていて楽しそうなのに、脳波は同期しなかった。会話が始まる前のぼんやりした状態から計測していましたが、Zoomチームは最初から最後まで、脳波はぼんやりした状態のままだったのです。

秋山 オンラインだから、「座が温まる」までに時間がかかるということではなくて、盛り上がっていても、脳は共感できていない。脳内の感情をつかさどる部分が働かないのですね。

(注記)
※1 川島教授がCTOを務める東北大と日立ハイテクによる脳科学ベンチャー「NeU」の研究による。
※2 当初考えられていたより効果が限定的であるという説もある。