部下を成長させるためにマネジャーが行うべきこと
次に、マネジャーが「部下の成長につながる仕事をどのようにアサインするかという課題」に対処するにはどうすれば良いだろう。北海道大学の松尾睦教授は、挑戦的な業務が都合よく職場にあるわけではないという課題に対応するために、その“挑戦的業務”の創り方として「つなぐ」(他部門や外部組織と積極的に協働する)、「わたす」(ベテランの業務や自身のマネジメント業務の一部を渡す)、「つくる」(新たな業務や役割を設置する)という3つのアプローチを提案している。すなわち、マネジャーは、他部門に対し、協働で取り組むプロジェクトを提案したり、顧客・取引先と連携して業務を行ったりするなど、他部門や外部組織と「つなぐ」ことにより、部下が連携の経験をするための仕事を創り出している。また、これまでは自分が作成していた年間計画を右腕の部下に任せたり、新入社員の育成を若手社員に「わたす」ことによって部下に変革の経験や育成の経験を積ませようとする。さらに、部内に新商品開発のプロジェクトチームや大口顧客担当のプロジェクトチームを「つくり」、それらのリーダーに部下を任命することによって変革の経験や育成の経験を積ませようとする。松尾先生監修の経験学習リーダーシップ研修では、自部署の中で部下の育成につながる良質な経験を考えるワークを実施する。その中で、上述した「成長を促す業務リスト」および「つなぐ」「わたす」「つくる」という枠組みを提示することにより、受講者は多くの良質な仕事経験を創ることに成功している。
「マネジャーが部下の成長につながる仕事をどのようにアサインするかという課題」に対処する二つ目の方法として、私が実施した育成上手のマネジャーに対するインタビューの中では、育成上手のマネジャーは部署として必ずやらなければならない業務に合わせて、部下の成長に役立つ業務をアサインするというものがあった。その際に、部下のキャリアビジョンを聞き、明確なキャリアビジョンがない部下に対しては、何度も問いかけることにより、自律的に自らのキャリアを描かせている。そして、そのキャリアを実現するような業務を部署内で探し、創り出し、アサインしている。効率的に成長につながる業務を部署内で生み出すためにも部下のキャリアビジョンに興味を持ち、それに合わせて業務をアサインすることは有用であろう。
最後に、人事部門の課題である「社内のどのような仕事が良い仕事なのかが分析されていない点」についてである。この課題を解決するための一歩目は、自社の経営幹部にインタビューをし、組織内でどのような仕事が個人の成長を促すかを検証したうえで、松尾先生の提示している「連携の経験」「変革の経験」「育成の経験」を分類の基準にし、自社内の業務を整理し、経営幹部を育成するうえでの重要な経験を明示しておくことが重要であろう。
ジョン・デューイの有名な言葉に、「為すことによって学ぶ(Learning by doing)」という言葉がある。特に大人の学習は経験からもたらされる。その意味で組織の人材育成を考えるうえで、“経験をマネジメントすること”の意義は大きいであろう。