企業における人材の成長は「仕事上の直接経験」によるものが多いと言われている。人材育成の手法のひとつである「経験学習」の最初のステップでもある「具体的経験」――では、仕事での良い「経験」とはどのようなもので、どうすれば、個々人が獲得できるのだろうか? 「経験学習」についての研修など、人事担当者向けのセミナーに多数登壇している筆者が、“人材を成長させる経験”について解説する。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)
成人における学びの50%以上は“経験”から得る
皆さんは、70:20:10の法則(Lombardo and Eichinger, 2010)をご存じだろうか。
この法則は、ロミンガー社* による調査結果をもとにした知見で、企業における人材の成長の7割は「仕事上の直接経験」、2割は「他者からのアドバイスや観察」、1割は「書籍や研修からの学び」によって決まるというものである。米国で働く人々を対象に生まれた法則だが、日本ではどうだろう。私は人事担当者向けのセミナーに登壇するたびに、受講者に「成人における学びは何から得ているでしょう? 直接経験は何%で、他者の観察・アドバイスは何%で、読書・研修は何%でしょうか?」と問うている。既に1000人以上の人事担当者からの回答を得ているが、業種職種によって違いはあるものの、ほとんどの人事担当者の回答は、成人における学びの50%以上は経験から得ているというものである。つまり、日本においても人材が成長するうえで、仕事経験は大きな影響を持っているのである。一般的な日本のビジネスパーソンは、年間2000時間以上の仕事経験を積んでいる。社会人として成長するための良質な教材が仕事経験だとすると、仕事経験から効率的に学ぶ習慣を身につけることは、一生成長し続けるためのノウハウを得ることになる。
* 米国にある人事コンサルタント会社。創業者は、マイケル・M・ロンバルドとロバート・W・アイチンガー。
ここで考えてみたいのが、「成長のための良い経験とは、そもそも何なのか?」ということである。
学習における経験の重要性に着目した研究は、教育哲学者のジョン・デューイに遡ることができる。デューイによると、経験とは、「外部環境に対して、個人が主導権を握り、積極的に働きかけること」を指す。例えば、営業担当者は、顧客のタイプ、競争相手の動き、上司からの要望など、さまざまな要素からなる環境に置かれているが、これらの状況についてよく考えて、自身の営業活動のあり方を選択するとき、個人と環境の間に相互作用があると考えられる。身の回りで、生じている出来事・事象・状況に対して、個人が疑問・ためらい・当惑・困難さを感じ、それらを解決するために能動的に探索・探求・追求するとき、相互作用が活発化し、学習を促す経験となるのである。すなわち、経験を良い教材にするためには、経験に主体的に取り組み、経験との間に相互作用を生じさせることが必要なのである。
リーダーシップ開発の文脈で具体的にどのような経験が成長につながるのかについて着目したのは、南カリフォルニア大学のモーガン・マッコール等である。マッコール等は、従来のマネジャー教育やリーダーシップ教育が、「日常の仕事を離れ、研修会場で行われる傾向があったこと」や「マネジメントやリーダーシップは天賦の才能である」と位置づけられる傾向があったことを批判し、リーダーは現場の業務経験によって成長することを主張した。そのうえで、リーダーの成長を促す経験特性は何であるかを探索し、初期の仕事経験、最初の管理経験、ゼロからのスタート、立て直し、視野の変化、スペシャルプロジェクト/タスクフォース・アサインメント、ラインからのスタッフへの異動および他の人とのつながり等の修羅場体験が、リーダーの成長を促すことを見出した。
同様の観点で、日本における調査研究を行ったのが立命館大学の金井壽宏先生である。金井先生は、日本企業に勤める20人の経営幹部に調査を行い、「入社初期段階の配属・異動」「初めての管理職」「新規事業・新市場のゼロからの立ち上げ」「悲惨な部門・業務の改善と再構築」「ラインからスタッフ部門・業務への配属」「プロジェクトチームへの参画」「昇格・昇進による権限拡大」等の一皮むけた経験が、リーダーの成長を促すことを指摘している。
また、北海道大学の松尾睦教授は、企業の課長・部長がどのような経験を通してマネジメント能力を獲得しているかを分析したうえで、(1)他部門や他組織と連携しながら仕事をした「連携の経験」、(2)組織における変革・改善に関わった「変革の経験」、(39部下・後輩を育成した「育成の経験」という成長を促す仕事を積んだ人ほど、マネジャーに必要な能力を身につけていることを発見した。