「在宅ワークの生産性」を客観的に評価すると?

 まだ数は少ないですが、在宅ワークの客観的な生産性を評価した研究が実施されています。

 ある研究では、中国のBaiduのエンジニア139名の138日分の仕事量の記録を対象として在宅ワークの生産性を客観的に評価しました。すると、小規模なプロジェクトにおいては在宅ワークで生産性が上がる場合と下がる場合があったのですが、規模が大きなプロジェクトではオフィス勤務と比較して在宅ワークは生産性を下げたという悪い効果しか確認できませんでした(7)

 また、インド系のIT企業であるHCL Technologyの従業員1万人を対象とした研究では、在宅ワークを導入したところ労働時間は18%増加してしまい(8)、しかも生産性は低下していました。生産性減少の理由は、コミュニケーションコストが上昇し、調整とミーティングの時間は増え、中断されずに仕事する時間が減ったためでした。従業員は、オフィス勤務と比較して在宅ワークにおいては、社内・社外ともに小さなユニットで働いており、上司からのコーチングや1対1で面談する時間は減っていました(9)

 客観的なデータを分析してみても、コミュニケーションのロスというデメリットのほうが通勤時のストレスなどのデメリットを上回るという構図が見えてきます。つまり、しんどい思いをしてでもプロジェクトのメンバーが集まったほうが、コミュニケーションが円滑になり生産性が高まる、ということを示唆しているのです。

 2019年のアンケートでは、確かに通勤ストレスが低い人ほど生産性は高いという関係がありました。おそらくは、これは原因ではなくて結果を見ていたのでしょう。すなわち、生産性が高い人は通勤ストレスが高い地域には居住しないということです。通勤ストレスが低いのは生産性が高いことの原因ではなくて結果だったのです。このように相関関係に因果関係を想定して変革してしまうと、直感に近いものの本来望むものとは違う形になることがあります。

 今回見てきたリサーチからは、在宅ワークにおいては通勤ストレスが減り、ウェルビーイングが向上したにもかかわらず客観的に見ると生産性は下がっているという実態が見えてきました。この実態はストレスが減れば生産性が上がるだろうという直感とは逆です。また、この文章では触れませんでしたが、ふとした会話からアイデアが湧いてヒット商品が生まれたり、問題の解決案を思いついたり、といった定量化しにくい生産性は在宅ワークで一層低下しているでしょう。

 つまり、これまでストレスがかかるのにわざわざみんながオフィスに集まって仕事をしていたのは、通信機器が発達していなかったからでも、感染症のリスクを過小評価していたからでもないのです。従業員が物理的に集まりコミュニケーションをとるということは通勤ストレスに勝る価値がある、という直感に反した経験則を理解していたから、と言えます。実際に、Ctrip社で生産性の向上が確認された仕事はコールセンター業務でした。パンデミック前から日本の多くの企業が、コールセンターを地方に置いています。これを今回の文脈に当てはめて読みかえれば、東京までの出社の必要がない従業員をリモートワークさせていたという見方もできます。今は、在宅ワークの推進に傾いている企業も、将来は通勤させる従業員を選抜するという時代が来るかもしれません。

 そうしたことを踏まえて、自社で在宅ワークをどのくらい取り入れるのか、在宅と出社の割合をどうするのか、在宅ワークに適した業務や従業員の適性などを検討していく必要がありそうです。そのことで、働く人のストレスを減らし、ウェルビーイングを向上させ、企業全体として生産性を上げることができれば、コロナによる痛みを伴った試行も実りを得られるのではないでしょうか。

(7) Bao L, Li T, Xia X, Zhu K, Li H, Yang X, "How does working from home affect developer productivity? — a case study of Baidu during the COVID-19 pandemic", Science China Information Sciences, 2022;65(4).
(8) 18%の労働時間増加の影響は甚大です。たとえば、東京都の平均的な就労実態である「月に11時間程度の時間外労働」を実施していた方(週40時間*4週間+11で月に171時間程度就労)でその影響を見てみます。すると、単純計算で31時間(=170*0.18)の労働時間の増加となり、月の時間外労働は42時間となります。この時間外労働は36協定の特別条項と紙一重の水準になってしまいます(https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/toukei/koyou/monthly/2021831/)。実際、産業医として勤務していて出会った人の中には、リモートワークを導入したために月の時間外労働が45時間を超えた人もいました。
(9) Michael G, Friederike M, Christoph S, "Work from home & productivity: evidence from personnel & analytics data on IT professionals", Journal of Political Economy Microeconomics, Forthcoming, 2022.