経験などによって蓄積された“言語化されていない知見やノウハウ”を「暗黙知」という。 “職人技”のように、言葉での説明が難しいものもあるが、ビジネスシーンにおける「暗黙知」は、何らかの手段で「形式知」に変えられるものがほとんどだ。しかし、実際は、個人だけの“知”が職場にあふれ、それが時間とともに失われていくケースが多いのではないか? “暗黙知の形式知化”を20年以上前から研究し、独自に編み出したメソドロジーで組織開発・人材育成の支援を行う田原祐子さん(株式会社ベーシック 代表取締役)に話を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)
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なぜ、“暗黙知を形式知化すること”が必要なのか
多くの企業にとっての重要課題が若手社員の育成とベテラン社員の離職対応だ。田原さんは、「若手が育たないまま、ベテランの知見やノウハウが流出していくこと」が人や組織の成長を阻むと語る。
田原 若手社員の早期退職の理由に、「先輩社員や上司から仕事をきちんと教えてもらえず、その先のキャリアが見いだせない」というものがあります。これは、人材育成の方法が「仕事を実際に見せる」「まずは経験させる」といったOJTによるものが多いことも原因のひとつです。一方、ベテラン社員の退職では、「○○さんが辞めたら、業務が滞った」「状況に見合った判断ができなくなった」という声が上がります。若手社員が育たず、ベテラン社員の“ナレッジ”が流出していく――こうした問題は、 実は、“暗黙知を形式知化し、組織で共有しておくこと”に解決の糸口があります。
多くの先輩社員が持つ、さまざまな経験によって作り上げられた“知見やノウハウ”――それを誰にでも見えるようにすること、つまり、暗黙知を形式知化することが、新入社員や若手社員をはじめとした人材育成につながります。しかし、多くの企業ではそれがなされていません。優秀な人材の仕事の手順やノウハウは他者に見えない場合が多く、その人の退職によって、組織の戦力がダウンするのです。欧米の企業は、老舗企業であるほど、暗黙知の形式知化といったナレッジマネジメントを重視しています。たとえば、ボーイング社では、整備士の暗黙知を形式知化し、共有・蓄積・継承しています。航空機の機体は50年保ちますが、人は20歳で就職しても70歳まで第一線では働けません。安全運航には、暗黙知の形式知化が必須で、企業にとっては生命線なのです。
ベテラン社員の知見やノウハウをはじめ、組織においては、「○○さんしか知らないこと、○○さんしかできないこと」といった暗黙知が横行している。
田原 組織において、社員の暗黙知を形式知化しないまま“属人的な仕事”が増えているのは危機的状況です。ある企業では、前任者からの引き継ぎがほとんどない状態で経験の乏しい社員に仕事を任せたところ、当人だけが使いやすい帳票を自己流にExcelで作成し続け、組織内の業務効率が悪化しました。こうした事態にならないように、暗黙知を形式知化しておくことが必要で、その方法のひとつが、私が提唱している「フレーム&ワークモジュール」という、企業・学校・病院・介護施設・伝統工芸関連の会社や士業など、さまざまな組織で成果を上げているメソドロジー(方法論)です。
田原祐子 Yuko TAHARA
株式会社ベーシック 代表取締役。社会構想大学院大学教授。一般社団法人ナレッジマネジメント・ラボ代表理事。日本ナレッジ・マネジメント学会理事。国際公認経営コンサルティング協議会認定CMC(Certified Management Consultant)
外資系人材派遣会社の教育トレーナー、コンサルティング会社の新規事業室長を経て、1998年に株式会社ベーシックを設立。上場企業から零細企業まで、1500社をコンサルティングし、延べ13万人の人材を育成。フレーム&ワークモジュールという独自メソドロジーで、ナレッジマネジメントを活用した人材育成・営業変革・組織開発・業務革新・研究開発・特許開発・新規事業開発等を手掛け、学会・国際カンファレンス等で発表・表彰多数。現在、上場企業社外取締役、厚生労働省委員、知財・無形資産 経営者フォーラムアドバイザーを務めている。