業務の見える化が、全員の仕事を快適にしていく

 企業全体の業務のモジュール化は、事業再編やM&Aにも役立つという。業務の見える化・暗黙知の形式知化は、変化の激しい時代を生き抜く企業にとって不可欠なのだ。しかし、そのことを頭でわかっていても、行動に移せない――そんな組織も多いのではないか? 

田原  まず、企業の経営層が、暗黙知を形式知化することの価値と、「暗黙知そのものが、企業の生命線であること」を理解するべきしょう。それがあってはじめて、部門長やマネジャーの納得感が生まれます。腹落ちしないままで、暗黙知の形式知化を行っても成功しません。また、暗黙知は「人的資本」から生まれ、企業の付加価値向上に寄与する「知的資本」でもあり、企業にとっては掛けがえない“事業の源泉”なのです。そして、業務が最適化されれば、人間関係も円滑になります。Know-Who(ノウフウ、誰に聞けばわかるか)も明確になり、社内で誰かを探す、無駄な時間が削減できるメリットも大きいのです。そうしたメリットをみんなが知ったうえで、まずは最初のステップである業務のモジュール化に取り組むことをお勧めします。

“ベテラン社員のノウハウの継承”と聞けば、数字に追われるような営業部門や開発部門を連想しがちだが、総務部や人事部といった管理部門も暗黙知の形式知化が大切だと、田原さんは語る。

“暗黙知の形式知化”が、人材・組織・企業をぐんぐん育てて強くする

田原 人事部の方にも業務のモジュール化を行い、自分の仕事を見直していただくとよいでしょう。そうすると、「あっ、こういう無駄があったんだ」「ここはこうすればスムーズになる」といった気づきが得られるだけでなく、「よい人材を採用するためのノウハウ」といった暗黙知があることがわかるはずです。モジュール一覧表を作っておけば、人事管理システムなどのHRテックにも対応しやすいでしょう。システムの進化に合わせて、モジュールを自在に変化・再編することで、仕事のムリ・ムダ・ムラがなくなり最適化できます。また、年に1回きりのもの、中途採用時に行うこと……と、人事部の業務は、年度や月別等さまざまなスパンで動くので、モジュール一覧表とフロー図で繁忙期・閑散期の実態を見て、部内での適切な人的配置を行うことも可能です。さらに、モジュール化された業務の中で、正社員・派遣社員・パート社員等の勤務形態や、介護・子育て中、外国人や障がい者など、人材に合った最適な業務を確認・選択することもできるのです。

“業務の見える化”は、人事部主導で社内全体が動き始めることもあるようだ。

田原 ある企業では、人事担当者が社内の各部門からメンバーを招聘し、ダイバーシティのワークショップを実施しました。営業部門や開発部門等、「自分の部署の暗黙知は、形式知化することが難しい」という先入観を持つ部署のメンバーと一緒に、“おいしいカレーの作り方”や“社員に喜ばれる懇親会の企画”といった、簡単な「暗黙知ワーク」をするうち、暗黙知を形式知化するおもしろさや、その重要性に目覚めます。その後、「フレーム&ワークモジュール」メソドロジーを各社員がそれぞれの部門に持ち帰り、 さまざまな“暗黙知の形式知化”を実践しました。

「フレーム&ワークモジュール」メソドロジーに取り組む企業、つまり、業務の見える化・暗黙知の形式知化を急ぐのは、特にどのような組織か?――田原さんは、「ひとつひとつの業務が属人化している部門」だと答える。たとえば、KWリストがあれば、担当者が病欠した際に、他の人でも無理なく対応することができるようになるだろう。そして、ベテラン社員の退職が相次ぐ部門は“暗黙知の形式知化”が欠かせないと断言する。

田原 「部門長があと1カ月で辞めるので、田原さん、なんとかしてください」と言われ、その部門長本人と面談したケースがあります。最初に私は、「○○さんがたくさんお持ちの知見を教えてくださると、みんなが助かりますし、暗黙知の形式知化のノウハウは○○さんにとっても、これからのお仕事で役に立ちますので、私も、精一杯ノウハウをお教えします」とお伝えしました。既に、引き継ぎ用の文書はあったのですが、思考プロセスが不明で、ノウハウがうまく言語化されてなく、「なぜ、ここはそういう流れで行うのですか?」と尋ねると、「それは□□だから……」と、暗黙知がどんどん明らかになり、結果、200項目以上のKWリストが退職前にできあがりました。部門長は、完成したKWリストをご覧になって喜び、「次の仕事でも(フレーム&ワークモジュールを)やってみます」とおっしゃいました。それを聞き、私もとてもうれしかったです!