地方で提供しているタクシーやオンデマンドバスを利用すべき、という声もあるが、現実的には事業者や台数が足りていない上、拡充するだけの予算もない地域がほとんどだという。実際、中村氏は、認知機能が衰えてきた高齢男性が、認知症の妻を病院に連れていくといったケースも耳にするそうだ。高齢者にとって車は“足”であり、高齢者の運転が危険視されているからといって、その“足”を奪う免許返納を安易に勧めることは難しい。

「高齢者のプライドの問題もあります。多くの高齢者は、それまで無事故で何十年と運転してきた自負から、『自分は若い人よりも運転がうまい』『事故が起きてもぶつかってきた相手のせいだ』と、自分の運転技術を過信する傾向が強いです。そのため、身体の衰えに気づきつつも、目をそらしてしまう心理があります」

 それゆえ、たとえ子どもや孫に「そろそろ運転は危ないんじゃない?」と言われても響かない人は少なくないようだ。一方で、高齢者も心のどこかでは、「いつかは返納しなければ」という思いは抱えているという。こうした複雑な背景を抱えながらも、車を必要とする高齢者は存在し続けている。

免許更新制度の厳格化で
認知症患者が増える可能性

 車を手放せない高齢者が多く存在するなか、彼らの運転能力をチェックする制度は拡充してきている。現在、75歳以上のドライバーは、3年に1度の免許更新時の高齢者講習に加え、「認知機能検査」を受ける必要がある。また、昨年5月からは、一定の違反歴のある75歳以上には運転技能検査の実施も義務付けられた。この検査は、免許更新時までの半年の間、何度でも受けることができるが、合格できなかった場合は免許の更新が見送られるという。

 一方、「認知機能検査」は、高齢ドライバー自身が「自分はこれからも運転していいのか」を検討する材料になるはずだ。だが、中村氏によれば、この検査の制度には、医学的見地から問題点が挙げられるという。

「『認知機能検査』で認知症の疑いがあると判断されると、その後、改めて医師から認知症と診断されることによって、免許更新ができなくなります。高齢者の足を奪うことになる重い判断を押し付けられることに、医師側から違和感を訴える声が上がっています。また、かつての認知機能検査は、『認知症のおそれ(第1分類)』『認知機能低下の疑い(第2分類)』『問題なし(第3分類)』の3段階に分けられており、『第2分類の認知機能低下の疑い』の人は、いわゆる『軽度認知機能障害(MCI)』に相当する人が多く、その後の努力で認知症への移行を回避できるケースがありました。しかし、昨年5月に改訂された認知機能検査では、『認知症のおそれ』が『ある』か『ない』かの2択となりました。これによって、本来は努力次第で回復の見込みがあったグレーゾーンの人が発見されづらく、『認知症側』に判断される可能性が高まりました。『認知症のおそれがある』と判定された人のうち、医師の診断を求めず、そのまま免許を返納してしまう人も一定数存在し、その人たちが認知症になるのは時間の問題。『MCIの早期発見と早期手当が最重要』と言われる、最新の医学的知見に逆行する制度と言わざるを得ません」

 認知機能検査で「認知症のおそれ」と判定されて運転をやめた結果、外出の機会が減ってコミュニケーションが減ると同時に、身体機能も低下、結果的に認知症を悪化させてしまうリスクもあるという。また、認知症のグレーゾーンにいた人が、認知症予防に取り組まずに漫然と1年間暮らし続けた場合、約12%の人が認知症に進行するともいわれるそうだ。

「認知症は、家族だけではケアが難しく、医療費や介護費も膨大になりやすい。これまでは運転免許更新時の認知機能検査で“認知症予備軍”を見つけられていたのに、いまの制度ではその機会を奪いかねない。社会的にも膨大な損失になると危惧しています」