人と会うことに積極的になれなくなった学生もいる

 私は、学生たちと対面で話をすることができるようになって、オンライン生活の後遺症といえるであろう現実を目の当たりにすることも増えた。

 キャンパスに来ることが大きな負担になっている学生が何人もいる。悩みを抱えている学生は以前からいたが、オンライン生活が生んだ深刻な困難に直面する学生が多くなっているように思う。

 例えば、授業に参加したいという気持ちは強くなる一方、身体がいうことを聞かずに家に閉じこもりがちになっているという話を耳にする。バラバラな気持ちと身体との間で苦しんでいる話をした後に、“コロナのせいにはしたくないんですけど……”という言葉で「駄目な自分」を責める学生もいる。オンライン生活に慣れてしまって、人と会うことに積極的になれないことを苦にする学生もいる。この学生は、“こんなはずじゃなかった”とつぶやいた。さらに別の学生は、友だちと心を通わせることを忘れてしまい、人とコミュニケーションをとることに怖さを感じると話してくれた。この学生は就職活動も早々に諦めてしまっていた。

 苦しんでいる学生の多くは、新型コロナの影響で活動が制限されることによって、心や身体の動きが鈍くなり、その結果、「駄目な自分」を責め、人との間に垣根をつくってしまい、心に火をつける機会を自ら閉ざしてしまうという悪循環に陥っているように思える。もちろん、こうした学生たちは、全体から見るとほんの一部であるが、それゆえに「取り残されていく自分」を感じて、苦しさが増しているようでもある。

 新型コロナが学生たちに与えてきた影響について、各地でいくつかの調査がなされている。その結果として、コロナ禍が学生たちに経済的な困難や孤独感をもたらしたこと、対面授業が再開されることによって学生たちに立ち直りの傾向がみられるものの、深刻なダメージを負った学生もかなりいるようだ、といったことが書かれている。

 青年期の若者たちは、たくさんの人と出会いながら、自分のことについて深く知り、どう生きていくか思い悩むものである。コロナ禍でなくとも、自分の欠点に意識が向きすぎて、過度な自己嫌悪に陥ることも多い時期である。そのような中で、成長の契機であったはずの人間関係が制約されたことは、学生たちの成熟という観点からも懸念される。

 ことさら、大学では、高校までとは異なる広がりと質をもつ人間関係を体験する。ある同僚の教員は、「既に体験不足が学生の能力低下に表れている」と語っていた。さまざまな人の事情や意見に配慮する力や、時間をかけて合意形成を図る粘り強さなど、他者との関係の中で身に付く能力を、これからの体験で取り戻していかなければならないだろう。