「イナウ」の造形に宿る、人間と自然の対話
身体こそが統合的な「知」の入口である――。私が見るたびにそれを実感するデザインが「イナウ」です。木の棒を半削りで仕上げた、素朴ながら魅力的な造形美を持つ祭具で、アイヌ文化圏でさかんに作られてきたものです。木から削り出されたふさふさとした装飾がついているのが特徴で、見方によって、髪のようでも、羽のようでも、衣服のようでもあります。
それぞれの木の特性が生かされていて、一つとして同じ形がないことからも、頭の中の情報だけで作られるものでないことは明らかです。おそらく、木の枝一本一本に宿る個性と、削りつつ思考する人間の手の相互作用によって生み出されてきたものでしょう。
森とともに暮らす人々は、さまざまな種類の、さまざまな季節の、さまざまな枝を、何度も何度も削っていく中で、木を育てた森や大地、気候などに対する理解を深めていったのではないでしょうか。ここには、生活とは切っても切れない自然を、より深く理解するために、人間が自然を相手に重ねてきた対話の軌跡が刻まれているように思うのです。
「身体で考える」ことの核には、未知と対話し、理解を深めていくことがあると思います。まだ見ぬ未知へアプローチするためには、まずは身体で向き合って「身体で考える」こと、そして、身体に蓄積した知を頭脳で統合していくことが重要だと私は思っています。