「物価」と並んで特徴的な単語は「賃金」だ。黒田総裁の講演では「賃金」は第10位で、登場頻度は前任者たちの4倍だ。「賃金」の登場頻度は黒田総裁の任期の後半5年に多いが、前半5年もかなりの頻度で登場した。

 黒田総裁と前任者たちとで「物価」と「賃金」の扱いがこれほど違うのは、時に「日銀理論」とやゆされる、日銀固有の伝統的な考え方と深く関係している。

 常識的には、「理論」は学者が生み出すものだ。しかし、経済学者の生み出した理論とは異なる独自の「理論」が日銀内部にひそかに存在し、それが信奉され、代々受け継がれている。「日銀理論」という言い方にはそういうニュアンスが込められている。

 日銀理論という言葉は主にマネーサプライ(通貨供給量)に関する論争で用いられてきたが、日銀の考え方が学者と異なるのは他にも数多くある。

 その一例が、物価である。日銀の伝統的な考え方では、望ましい物価上昇率はゼロ(またはその近傍)だ。

 これに対して、経済学者は2%またはそれを少し上回る程度の物価上昇が望ましいと考える。その理由は、物価上昇率が少々高くても、5%以内のインフレであればインフレのコストはほぼゼロだからだ。よって、その程度のインフレを怖がる理由はない。

 一方で、インフレ率が低過ぎると物価上昇率がマイナスに滑り落ちるリスクが高い。その二点を踏まえると、2%またはそれを少し上回る程度のインフレが最適となる。

 日銀理論と経済学者のどちらが正しいのかについてはここでは深入りしないが、黒田総裁は日銀理論ではなく経済学者の考えに近い。

 というのも、黒田総裁は財務省出身、つまり日銀の外からの人で、日銀理論とは無縁だからだ。それどころか、就任前に執筆した書籍などを読む限り、どちらかといえば日銀理論に否定的であった。

 一方、黒田総裁以前の3代の総裁は日銀出身なので、黒田総裁の前任者たちは、程度の差こそあれ、「日銀理論」に沿って政策を決めていたと考えられる。

 この違いが、使用する単語に如実に表れているのだ。

 では、「物価」と「賃金」の問題を黒田総裁はどのようにして解決しようとしたのか。ここで登場する重要な単語が「予想」と「金利」だ。