生活にも働く「規模の経済効果」
Nを大きくすると生活は楽になる

 経済効率という意味では、大家族には効率的な面がある。通常の調査では、世帯別の裕福・困窮の度合いを測る上で、世帯所得を世帯人数(N人)の平方根で割った数字を使う。2人暮らしは独り暮らしの1.4倍強のコストで賄えるし、4人暮らしなら独り暮らしの2倍の所得があれば概ね同等の豊かさだということだ。

 つまり、生活にも「規模の経済効果」が働くということだ。確かに、キッチンも、冷蔵庫も、洗濯機も、人数分必要だということはないし、何よりも一人一人が毎食炊事に関わる必要もない。この効果の大きさと確かさを考えると、ある意味では「独り暮らしは贅沢」なのであり、例えば生活保護を考える場合に独り暮らしのコストまで補償することが適切なのかといった問題にも行き着く。

「N」は必ずしも親子や親戚同士である必要はないが、例えば、親・子・孫3世代の同居を考えると、一つには働く親(第2世代の親)の子供の保育に関する問題、もう一つには高齢になった親(第1世代の親)の初期段階の介護における問題が、大家族の中である程度は解決可能になるという大きなメリットがあることにも気付く。

 国が国民の大家族化に期待して保育園の整備を手抜きするようでは問題だが、送り迎えや在宅での見守り、教育などにおいて、働く親のさらに親世代が大いに頼りになることは確かだ。また、終末期の介護を大家族に丸投げするのも問題だし、規模の利益に反する場合もあろうが(例えば入浴の介助は素人よりもプロが行う方が効率的だ)、高齢者がある程度自分でも動ける段階での介護は大家族の中で分担して吸収できそうな問題だ。

 大家族には、働く世代をしばしば制約する、「子供の保育」と「親の介護」の問題を解決する上でもメリットがありそうだ。例えば、まだ働くことができる年齢の子供が親の介護に張り付くために退職するといった、核家族親子の非効率を何がしか避けることができる可能性がある。

 人類学者のエマニュエル・トッド氏によると、米英などアングロサクソンの国で一般的な核家族の形態は、人類史的には最も原始的なもので、アジアなどに多い直系家族や、さらにロシアやアラブなどに存在する各種の共同体家族の方がより新しい進化した家族形態なのだという。

 筆者の世代では、成人したら小さくても住居を確保して核家族を作る方が、かつて農家などに見られたような大家族よりも、新しくて進んだ暮らし方であるとのイメージを持ちがちだ。しかしこれは、都市への労働力の吸収と、小さくても家を持たせる住宅振興政策、さらに米英の文化の影響を受けた、「特定の時代のトレンドだった」と解釈するのが妥当なのだろう。

 どのような家族形態、居住形態が合理的なのかは、改めて考えてみるべき問題だろう。