何のための改革か
人的資本経営の本質を問う
商学研究科 教授
鶴 光太郎KOTARO TSURU
企業の付加価値を生み出していくうえで「人」の貢献の重要性が高まり、日本の雇用・人事システムのあり方が問われています。
破壊的イノベーションや前例に囚われない独創的な企業戦略を生み出すには、同じところに留まることなく自律的に行動し、専門性と多様性を兼ね備えた、イノベーティブな存在であり続ける人材が求められています。それゆえ、自分の仕事は自分で決めて将来のキャリアを見通せる、つまりは「キャリアの自律性」が不可欠です。これは、まさにジョブ型雇用の考え方だといえます。
ジョブ型雇用については誤解が散見されるのであらためて定義をすると、「雇用契約で職務を明示し、基本的に公募で採用や異動を行う仕組み」を指します。よって、職務記述書があるのがジョブ型だとか、ジョブ型は成果主義につき解雇しやすいといった認識は、誤りです。採用や異動を公募で行うから職務記述書が必要なのであって、その有無がジョブ型か否かを意味するわけではありません。伝統的なジョブ型雇用の下では、職務に応じて賃金が決まる職務給であり通常査定は行われず、ほとんど成果と連動しません。また、解雇が自由なのはアメリカの雇用慣行であり、ヨーロッパはジョブ型雇用であっても、解雇への規制が強いのは日本と同じです。
今回のフォーラムにご登壇いただいた人的資本経営を志す企業の施策を見ると、ジョブ型雇用という言葉は使わずとも、公募制をはじめ、すでにジョブ型の考え方を取り入れています。ただし、ここで忘れてならないのは、「人が成長できる環境」への転換こそ、日本企業に求められているという点です。ジョブ型雇用の導入は、あくまで手段の一つにすぎません。
メンバーシップ型を象徴する新卒一括採用の場合、特に文系大卒者は特定の職務をこなせる専門性を身につけているわけではありません。入社10年目くらいまでは従来のメンバーシップ型で問題ないと、私は考えます。職務や勤務地に縛られることなく幅広い経験を積み、30代初めから半ばを目安に、経験やスキルを踏まえたうえでジョブ型雇用に移行するなど、キャリア選択の分岐点を設けるのも一案です。
個人が多様で柔軟な働き方ができ、かつ組織が機能するためには、遠心力に引きずられることなく、個々をつなぎとめる求心力が必要です。それゆえ自社のミッションを語る経営陣の言葉の力が、これまで以上に試されるでしょう。パーパスやビジョン、それに基づく経営戦略への共感は、従業員の働きがい、幸福度といったウェルビーイングを向上させます。その結果、ワークエンゲージメントが上がり、イノベーション創出の原動力になる可能性もあります。人的資本経営の本質は、人が最大限パフォーマンスを発揮するのを助けることです。多様で柔軟な働き方が選べるか、成長できる環境にあるかが、人事改革の核心です。
◉構成・まとめ|本村恵子、宮田和美