『ダイヤモンドクォータリー』は創刊6周年を迎え、2023年3月10日にオンライン形式で記念フォーラムを開催した。テーマは「人的資本経営」。数ある経営課題の中でも、とりわけ人事や人材育成は経験則で語られることが多く、誤解や曲解が入り込みやすい分野である。今回はアカデミアから4人の専門家と、産業界から4人のプロフェッショナルをお招きして、2つのパネルディスカッションを実施。人的資本経営の本質について議論を深めた。本記事は、その要旨をまとめた採録である。

「リソース」から「ソース」へ
人的資本経営をめぐる論点を考察する

人的資本経営の論点京都先端科学大学 教授
一橋ビジネススクール 客員教授
名和高司
TAKASHI NAWA

   企業にとっての人材の価値は様変わりしました。無形資産価値が高まるにつれて、経済の主体は「カネ」から「ヒト」にシフトし、コストとされていた人材は、資産である「人財」と再定義されました。「リソース」(資源)から「ソース」(価値の源泉)へと変貌を遂げています。

 そのうえで人財による価値創造方程式を分析すると、パーパス(志)、パッション(熱意)、ポテンシャル(未来進行形の能力)という3つのPの掛け合わせで決まることがわかります。なかでも「ポテンシャル」は、ウィル(意欲)次第でスキル(能力)が何倍にもなるからこそ、双方のバランスが重要です。

 ウィル向上に当たっては、「働きがい」がカギを握ります。ひと頃はワークライフバランスが叫ばれ、それに伴う働き方改革によって働きやすさは改善しました。しかし、働きがいを与えられている企業はけっして多くありません。やらされ仕事でなく自分事化できる仕事に邁進してこそ、ウィルに火がつく。そもそも、仕事のために自分の時間を売るのがワークで、そこから解放されて自分を取り戻すのがライフだという考え方は前時代的で、本来は完全に切り離せるものではない。目指すべきは、「ワークインライフ」です。

 スキル向上については、近年、リスキリングが注目されていますが、これは中高年の学び直しを意図するものではありません。スキルには、労働市場で必要な一般能力、企業の中で磨かれる特殊能力に加え、両者にまたがる「メタスキル」が挙げられます。言わば、自己進化のためのスキルです。課題発見力や問題解決力、共創力もそれに当たります。メタスキルは、年齢に関係なく、変化の激しいこの時代を生き抜くすべてのビジネスパーソンにとっての必須スキルだといえるでしょう。

 人的資本経営を語るうえで欠かせないテーマの一つが、「イノベーション」です。経済学者のヨゼフ・シュンペーターは、新結合(異質なものの組み合わせ)によってイノベーションが起こると唱えました。そして現在、このイノベーションに欠かせないといわれているのが、「ダイバーシティ&インクルージョン」です。しかし、自律分散が極端に進み、個々が自分のしたいことだけに注力すると、結果は部分の単純総和に留まります。遠心力ばかりが働き、求心力が失われかねない。多くの企業が、この遠心力と求心力のバランスを取ることに苦心しています。

 そこで結束を促すのは、企業の主観正義たる「パーパス」です。しかし残念ながら、企業によっては実態を伴わないパーパスウォッシュが散見され、私は警鐘を鳴らしています。形だけでなく、従業員一人ひとりが自分に引き寄せて考えられるパーパスの共有をはじめ、経営者には自分の想いを語り、従業員のウィルに火を灯す責務があります。自分たちのありたい姿を描き切ることで、人財を軸にした、ジョブ型でもメンバーシップ型でもない、日本的な人的資本経営が見つかるはずです。