試しながら「却下」する戦術を決める

 彼の実験はとどまるところを知らなかった。特訓の様子を逐一ビデオに撮り、データを全部スプレッドシートに入力して、非効率やミリ秒単位の無駄にも目を光らせた。食べるペースについても抜かりなく実験した。出だしの4分で飛ばして、なか4分はややペースを落とし、最後に「猛ダッシュ」をかけるのがいいのか、それともずっと同じペースを保つのがいいのか(出足が肝心だった)。

 また睡眠を十分とるのがとくに大事だとわかった。ウエイトトレーニングもだ。強い筋肉は咀嚼力を高め、吐き気をがまんするのに役立った。跳び上がったり体をくねらせながら食べると、胃にスペースができることもわかった。この野獣のようなおかしな踊りには、「コバヤシ・シェイク」の異名がついた。

 どの戦術を採用するかと同じくらい重要だったのが、どの戦術を「却下」するかという判断だ。たとえば、彼はほかの選手のように、食べ放題のレストランでは絶対に練習しなかった(「どれだけ食べたかわからなくなる」)。食べながら音楽も聴かなかった(「余計な音は耳に入れたくない」)。水をがぶ飲みすれば胃を膨らませることはできるが、悲惨な結果に終わることもわかった(「いきなり痙攣っていうか、てんかんみたいな発作が起こるようになって。あれは大失敗だった」)。

 こういう積み重ねを通して、肉体的な準備を整えると精神的にハイな状態にもっていけることを彼は知った。「普通あれだけの量を10分も食べ続けたら、最後の2分は本当につらくて不安になるよね。でも集中力を高めれば楽しめる。つらいし苦しいけど、その感覚が興奮に変わる。そのときハイな状態がやってくるんだ」

 でもちょっと待った。ひょっとするとコバヤシは、斬新なやり方こそとっているが、体の構造が普通とはちがう、世にも稀な「食べるマシン」なのかもしれないじゃないか?

 この説を論破する最強の証拠は、ライバルたちの追い上げだ。コニーアイランド大会で6年間も王座に君臨し続けたあと、コバヤシはアメリカ人選手のジョーイ・「ジョーズ」・チェスナットに敗れた。チェスナットはこれを書いているいま、7連覇中だ。

 彼はコバヤシを僅差で破ることが多かった。二人のデッドヒートは世界記録をとんでもないレベルにまで押し上げ、チェスナットはたった10分で(大会は2008年から2分間短縮された)69本という驚異的な世界記録を達成した。

 そのあいだにも、パトリック・「ディープディッシュ」・バートレッティやティム・「イーターX」・ジェイナスらの強敵が、コバヤシが記録を倍に塗り替えたときよりも多くのホットドッグを、あたりまえのように平らげるようになった。体重わずか44キロのソンヤ・「ブラックウィドウ」・トーマスも、10分で45本という女性世界記録を樹立している。

 コバヤシの戦略を模倣するライバルらも現れた。そして、それまで夢物語と思われていた40~50本が、じつは十分手の届く目標だと知ったおかげで、彼ら全員が記録を伸ばしている。

 2010年、コバヤシはコニーアイランド大会の主催者と契約上の折り合いがつかず――ほかの大会への出場を制限するような契約を強要されたという――出場を見送った。それでも彼は会場に姿を見せ、気持ちが高ぶってステージに上がったところを、その場で手錠をかけられ拘束された。あんなに自制心の強い人物らしくない、軽率な行動だった。

 その夜の拘置所での食事はサンドイッチと牛乳だった。「とてもお腹が空いたよ。拘置所にもホットドッグがあればよかったのに」と彼は語った。