人工知能やクラウド技術などの進化を追い続けている小林雅一氏の新著、『生成AI―「ChatGPT」を支える技術はどのようにビジネスを変え、人間の創造性を揺るがすのか?』が発売された。同書では、ChatGPTの本質的なすごさや、それを支える大規模言語モデル(LLM)のしくみ、OpenAI・マイクロソフト・メタ・Googleといったビッグテックの思惑などがナラティブに綴られており、一般向けの解説書としては決定版とも言える情報量だ。
現在この連載では、小林氏による書き下ろしで、ビジネスパーソンが押さえておくべき「生成AIの最新状況」をフォローアップ中だ。今回は、世界中でどのような「AIへの反発」が起きているのかを整理する。
著作権をめぐる集団訴訟
ChatGPTなどの生成AIが今、さまざまな分野からの集中攻撃にさらされている。
米国では今年6月末、カリフォルニア州にある法律事務所の呼びかけに応じて一般消費者らがChatGPTの開発元OpenAIを相手に集団訴訟を起こした。
ChatGPTのトレーニング(機械学習)には、SNSやブログ、ウィキペディアをはじめインターネット上の膨大なデータが使われている。ChatGPTつまりOpenAIはそれらのデータをSNSなどのユーザーに無断で利用していることから、その著作権やプライバシーを侵害している、というのが起訴の理由だ。この集団訴訟を起こした原告代表の中には6歳の子どもも含まれている。
翌7月、今度は米国の著名な作家やコメディアンら3名が、OpenAIとメタ(旧称フェイスブック)を相手に集団訴訟を起こした。これら文筆業者や実演者らの作品や自伝などが無断でChatGPTや(メタの大規模言語モデル)LLaMAのトレーニングに利用されているとして、同じく著作権侵害を理由に訴えた。
いずれの集団訴訟でも、原告側は自分たちのデータ(書き込み)や作品がChatGPTなど生成AIの機械学習に使われる場合には事前に許可を得ること、またデータなどが使われる事に対する補償(金銭的な見返り)を求めていくと見られている。
既存の著作権法では、誰かの作品を読んだ人がそれを(部分的にせよ)無断で複製・配布(たとえば出版)した場合には著作権侵害と見なされる。しかし、その作品を読んだ人がその内容を頭の中で消化し、自分の言葉で再構築するなどしてオリジナルとは異なる文章を作成・配布した場合などは著作権侵害には当たらない、つまり合法とされる。
この点について生成AIを開発・提供する業者らは「AIが生成する文章や画像などコンテンツは、オリジナルのコンテンツをAIが消化(機械学習)して新たに作り出した内容であるから著作権侵害には当たらない」と主張している。
ただ、本来こうした主張は人間の行為に関するものであって、生成AIのようなソフトウエア、あるいはコンピュータにも当てはまるかどうかはわからない。恐らく今後の裁判では、それが主要な争点となるであろうし、場合によってはこれらの訴訟と平行して、生成AIの著作権を扱う新たな法律などが議会で審議されるかもしれない。
1万人以上の作家が公開書簡で補償を要求
司法あるいは立法のいずれにせよ、著作権法によって生成AIによる権利侵害を告発するには相応の年月がかかる。そこで、もっと手っ取り早く自分たちの権利を訴える人たちもいる。
米国の作家組合「Author’s Guild」に所属する1万人以上の作家らは今年7月、OpenAIやメタ、マイクロソフト、(グーグルの親会社)アルファベットなどビッグテックの経営者らに向けて公開書簡を出した。
この中で「何百万冊もの書籍や記事、エッセイや詩等の作品が生成AIの基盤として提供されているにもかかわらず、それらを創り出した作家にはビタ一文お金が支払われていない」と訴えた。
これらの作家らは、自分たちの作品がChatGPTのような生成AIの機械学習に使われる場合にはあらかじめ自分たちの許可を得ること、またそれらの作品に対する応分の見返りを支払うよう求めた。
同作家組合の調査によれば、この10年間で米国の作家の年収(中間値)は約40パーセントも減少し、2022年には2万2000ドル余り(約300万円)となった。もちろん、この減少は生成AIによるものではない。もしもビッグテックが機械学習の見返りを支払うことになれば、生成AIは作家らにとってむしろプラスに作用することになる。しかし、これらのIT企業は今回の公開書簡に何の反応も示していない。
脚本家・俳優組合は生成AIを阻止すべくストに突入
恐らく、こうした作家以上に大きな影響力を有しているのは、ハリウッドを中心とする映像産業のクリエーター達だろう。
米国の映画・放送産業などで活動する脚本家の組合「Writers Guild of America」は今年4月、3年に一度開かれる映画会社などとの労使交渉で、新たに生成AIに関する要求項目を交渉内容に加えた。
1万人以上の脚本家らが加入している組合側は今回の労使交渉で、賃上げなど待遇改善やネットフリックスのような動画配信サービスにおける二次利用料の支払い等に加え、「ChatGPTなどの生成AIが脚本製作に関与しない」とする新たな要求項目を掲げている。
この労使交渉が妥結に至らなかったため、脚本家組合は翌5月、15年ぶりとなるストライキに突入した。
一方、米国の俳優ら約16万人が加入する俳優組合「SAG-AFTRA」も脚本家組合と同じく「ストリーミング配信などにおける報酬の増額」や「演技などの仕事が生成AIにとって代わられないこと」を映画会社などとの労使交渉で要求。これが妥結に至らなかったことから同じくストライキに入った。
米国で脚本家組合と俳優組合が同時にストに突入するのは63年ぶりとなる。
生成AIは映画・テレビ番組の脚本・演技などに未だ本格的に使われているわけではないが、その兆候はすでに見られる。今から3年後となる次回の労使交渉までに、その普及が進むことも予想され、両組合としては先手を打った形だ。ストは今も続いている。
レディットやツイッターが生成AIの締め付けに
一方、生成AIは身内のIT業界からも厳しい締め付けに遭っている。
オンライン・フォーラム(公開討論場)の「レディット」は今年4月、OpenAIやグーグル、マイクロソフトなど大手ユーザーに対し、同社のAPIを有料化することを発表した。
レディットには毎日5700万人ものユーザーが訪れて活発な言論活動を繰り広げているが、これらの膨大なテキスト・データはAPIを経由して生成AIの機械学習に無断かつ無料で使われてきた。
しかしChatGPTが脚光を浴びて以降、これら生成AIの開発に必須のテキスト・データが巨額の経済的価値を秘めた貴重な資源であることが認識されるようになった。これを受けて、レディットはそれを外部に提供する窓口となるAPIの有料化に踏み切ったのだ。
レディットのAPIの料金は「5000万回のリクエストにつき1万2000ドル(約170万円)」とされるが、これまで無料であったものが有料化されることに対するユーザーの反発は強い。システムに対する何らかの妨害活動によって、2023年6月12日には同社のサーバーが3時間に渡ってダウンしたと一部の米国メディアが報じている。
このレディットの後を追うように、ツイッター(現在は「X」)も生成AIの締め付けに乗り出した。
今年7月、ツイッターを運営するX社のイーロン・マスク会長は「利用者が1日に読めるツイートの数を一時的に(数百~数千に)制限している」と発表した。OpenAIやグーグルなどのIT企業が生成AIの機械学習のために、プログラムを使って大量のデータを集める「スクレーピング」と呼ばれる行為を抑制するためとした。ただ、この影響で一時的に数千人のユーザーがツイッターを利用できない状況が発生したため、一部のユーザーからは「ツイッター終わり」などの反発の声が寄せられたとされる。
米国や国連における規制の動き
これと同じく今年7月には、米国のFTC(連邦取引委員会)がOpenAIの調査に乗り出した。「(同社の)ChatGPTが個人情報の収集や偽情報の拡散などによって消費者に害を及ぼしているのではないか」というのが、その理由だ。
連邦議会の公聴会で、FTC委員長のリナ・カーン氏は「ChatGPTとこれに類似する他のサービスには大量のデータが供給されているが、それらがどのようなデータであるかをチェックできていない」と証言している。
OpenAIはChatGPTの機械学習にどのようなデータが使われているかを明らかにしていないが、今後FTCの調査が進む過程でそれが表に出て来る可能性もある。
一方、今回のFTCの動きを越権行為と見る向きもある。FTCの本来の目的は企業間の反競争的な商業行為を防止して消費者を保護することだが、「ChatGPTとOpenAIの調査はそれに該当しないのではないか」という見方である。
カーン委員長の下で、FTCはマイクロソフトによるゲームソフト大手アクティビジョンの買収阻止を図ってきたが、カリフォルニア州の連邦地裁は今年7月上旬、この請求を棄却し控訴裁判所もそれを支持した。
これを受けFTCは、アクティビジョン買収阻止の手続きを取り下げる羽目に追い込まれた。この際、カーン委員長の勇み足を指摘する声が米国の報道関係者などから聞かれたが、今回のOpenAIの調査にも「同じ轍を踏むのではないか」という懸念が囁かれている。
一方、米国の連邦議会ではChatGPTなどの生成AIを何らかの形で規制する法案が議論の俎上に上りつつある。
かつてフェイスブックのようなソーシャルメディアが急速に普及し始めた頃、米国の議会はこれをタイムリーに規制する法律を制定しなかった。このため後にソーシャルメディアを中心とするフェイクニュースや誹謗中傷などの問題が深刻化し、最終的には2021年1月のトランプ支持派による議会襲撃事件を招くことになった。こうした苦い記憶が米国の議員らの脳裏にはある。
このため今回の生成AIでは、それが何らかの重大な問題を引き起こす前にあらかじめ規制法を用意しておきたいという意図が働いている。たとえば生成AIによるフェイクニュースの拡散を防止するための措置や、その機械学習に使われるデータの透明性などを盛り込んだ法案が検討されていると見られる。
しかしAIの開発競争でライバルと目される中国に対抗するうえで、あまりに厳しい規制を設けるのは賢明ではないと考える議員も少なくない。こうした事から、生成AIの暴走を食い止める効果的な法律が米国で制定されるという保証はない。
最後に世界に目を転じると、国連の安全保障理事会は今年7月、AIに関する初めての会合を開催。この中でグテーレス事務総長が「犯罪者やテロリストなどが想像を絶する規模で(人々の)死や破壊、広範囲に及ぶトラウマ、深い心理的ダメージなどを引き起こすためにAIを悪用する恐れがある」と指摘し、AI兵器や生成AIなどを規制する必要性を訴えた。また今後、AI分野にも「IAEA(国際原子力機関)」のような監視機関を創設すべきだと提案しており、今後どのような変化が訪れるかは予断を許さない。