タイパもコスパも悪い
従来の男らしさ
そんな経験を経た斉藤氏は、男らしさに捉われて生きづらさを感じている人に対し、こうアドバイスを送る。
「私の経験上、一度何かの依存症になるか、ホームレスを経験するかが、男らしさを脱却する最もシンプルな方法だと思います。それは比喩的な意味も込めていますが、つまりは本人自身がなんらかの「痛み」を体験的に感じないと自身の価値観を見直したり、脱却したりはできないと思います。まずは、これまでの自分の価値観によって誰かを傷つけたり、自分を追い込んできたりした可能性を認識することが大事です。ただ、日本では社会的地位が高まるにつれ、誰かが尻拭いしたり、先回りして『なかったこと』にしたりするという構造的な問題がありますから、現実的なアプローチは非常に難しいですね。それまでの価値観を変えるのは怖いし、しんどいので目を背けたがるのもわかります」
これは依存症の回復の中で経験する「底つき体験」に近いエピソードだ。底つき体験とは、何らかの依存症に陥っている人が、さまざまな逆境から生きるか死ぬかの場面に直面し、生き直しのターニングポイントになる経験のことだ。「底つきは仲間の中で」という言葉もあるが、多くの依存症者は自分なりの底つき体験エピソードを持っている。そして、その経験が依存症から回復する中で自分を変えるきかっけになることが多い。
「他にも、男性は弱さを見せたり、助けを求めたりすることが苦手です。それは男らしくない、弱い、カッコ悪い、めめしいという価値観が背景にあるからです。そのため、弱さをオープンにし、助けを求めることの訓練をするのも、現代をライフハックしていくための生活の知恵だと思います。私もソーシャルワーカーの新人時代、先輩に『1日3回職場で助けを求めなさい』と言われました。私も当時は『助けを求めるのはカッコ悪い』『仕事のできないやつだ』と思っていたので、なかなかできませんでしたが、徐々に実践できるようになりました。依存症の治療でも、まずはそうした対話が必要。そうして、有害な男らしさから解放され、依存症から回復した男性たちは、角が取れて非常に楽に生きています」
また、こうした男らしさという価値観は、年代を経るごとに強くなるかと言われるが、そうではないという。
「ジェンダー平等の教育などにより、家庭の中でも子どもとの接し方に気をつけている人も多いと思います。しかし、いまだにそれ以外の領域、例えばメディアやSNSでは男尊女卑の価値観を垂れ流している。私の身近なところでいうと、子どもたちが利用しているスポーツクラブの指導者は『お前ら、男だろ!』という言葉を頻繁にかけていますし、学校の先生や先輩、職場の上司からの影響も大きいのです」
一方、斉藤氏のクリニックで働く20代の男性スタッフの言葉は、非常に示唆的だ。
「若い男性スタッフは『従来の男らしさは、コスパ(コストパフォーマンス)もタイパ(タイムパフォーマンス)も悪く、なんの魅力も感じない』と言うのです。長時間働き、付き合いで飲みたくもない酒を飲んで、弱音を吐かずに組織のために自己犠牲で頑張っても、従来のように給料が上がり続けるわけでもない。ワーカホリックやアルコールなどの依存症で、友人や家族を失う可能性もある従来の男らしさは確かにコスパもタイパも悪いですね」
仕事や人生を持続可能なものにするためにも、自らがとらわれている男らしさの価値観を振り返ってみたい。