場を圧倒する福田の迫力
「私は今でも、あの細い目から発する福田赳夫の力強い眼光を忘れることはできません。痩身で、飄々とした語り口なのに、いつの間にか熱を感じ惹きつけられ、圧倒されてしまう」
渥美氏による福田赳夫の描写である。
福田には、地元で人々と接する際に見せる気さくで温かな表情と、ここ一番、という時に見せる鋭い眼光、圧倒的な存在感で場を制する人間性が共存している。
本書にはそんな場面がいくつも書かれている。
第1回OBサミット総会。
参加者が互いに自国の立場でモノを言い、やがて罵倒が始まった。当時のワルトハイム議長(元国連事務総長)がお手上げ状態になると、ずっと黙って聞いていた福田が、「より広く、長期的な見地から、地球人類のために考えてほしい」と静かに諭すように発言した。すると、顔を真っ赤にして論争していた参加者は、我に返ったようになった。
あるいは、世界の主要宗教指導者と政治指導者の対話開催は、OBサミット内にも反対が多かった。異なる宗教どうし反発し合うのではないか。そこに政治指導者が入ればなおさら会議を混乱に招くのではないか。
そして迎えたローマでの宗政会議冒頭、福田はこう切り出した。
「先ず、それぞれの参加者の『心』が一番大切にしていることを話して欲しい」
この問いかけに、全員が静かに語り始めた。
そして中国ではOBサミット上海総会のあと、当時国家主席であった江沢民との会見がセットされた。
中国側とすれば、最大のサービスである。そこでは当然、外交儀礼的な挨拶が交わされるものと思われた。ところが福田は江沢民に対して、「中国は軍事大国にならないでほしい」と、中国側からすれば場をわきまえない、OBサミットメンバーから見れば「さすがは福田」という発言をしてその場を圧倒した。
こうしたあまり知られていない福田の人間的な迫力は、本書の読みどころの一つである。