新型コロナウイルスがもたらした「柔軟な働き方」

 2013年9月、国連総会で安倍首相(当時)は、「女性にとって働きやすい環境をつくり、女性の労働機会、活動の場を充実させることは、いまや日本にとって焦眉の課題」と語った。いわゆる「ウーマノミクス(*1)」だ。結果、女性活躍推進がビジネス社会のキーワードとなって、10年が経過――その間に起きた新型コロナウイルス感染症の拡大はどのような影響をもたらしたのだろう?

*1 当時、日本政府は、女性活躍支援について2つの具体的な目標を掲げた。1)2020年までに社会のあらゆる分野で指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする。 2)2017年までに40万人分の保育の受け皿を確保して待機児童ゼロを目指す。

野村 コロナ禍で、リモートワークなどによる「時間・場所にとらわれない柔軟な働き方」が事業継続のためには必要で、企業価値を向上させることが実証されたのではないでしょうか。

「柔軟な働き方」は、家庭生活と仕事を両立させる一助になりますが、それは女性のためだけではありません。いまから15年ほど前、私はアメリカの企業各社を取材しました。日本では、「両立支援=女性」というイメージがありますが、アメリカの企業では、子育て中の男性をはじめ、地域活動を行う人、大学院に通うビジネスパーソンなどもいて、あらゆる人が在宅勤務や圧縮勤務(*2)を行い、各企業の両立支援策を利用していました。コロナがきっかけで、日本も「柔軟な働き方」が意識されて、この先、国や企業の両立支援策が女性だけのものではないことが認知されていくと思います。

*2 「圧縮勤務」とは、1週間の所定労働時間を保ったまま、1日の就業時間を増やし、就業日数を減らす勤務形態。週4日勤務などを可能とする。「コンプレストワークウィーク」(Compressed workweek)と呼ばれることもある。

 コロナ禍での解雇・雇い止めの人数が6万人を突破した2020年9月、経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表し、ここ数年で、企業・団体は人的資本経営への取り組みに舵を切るようになった。人材の価値を最大限に引き出す人的資本経営において、女性活躍推進は大きな意味を持つ。

野村 大企業でも、女性活躍推進にそれほど熱心でない企業もありましたが、人的資本経営に注目する機関投資家からのプレッシャーもあって、少なくとも、上場企業は女性活躍推進に目を向けざるを得ない状況です。人的資本経営の象徴的なものが女性活躍であり、企業価値を判断する指標になるので、女性の役員比率や管理職比率が第三者にチェックされています。「男女間の賃金格差の開示」が従業員301人以上の企業に義務化されたことも大きいですね。ただ、「数字を開示すればよい」というものではなく、賃金格差があるなら、企業自らがその背景を分析するべきでしょう。

 そして、2020年12月、政府は、第5次男女共同参画基本計画で、「2020年代の可能な限り早期に指導的地位に占める女性の割合が30%程度となるよう目指して取組を進める」として、「203030」という目標を再設定した(*3)。

 その数字合わせのために、企業・団体が、管理職や役員としての力量を持たない女性を無理やり抜擢することはないだろうか? また、非正規雇用や新入社員として働き始めたばかりの女性にとって、女性活躍推進が絵に描いた餅で終わることはないだろうか?

*3 政府は、2003年に、「202030(2020年までに社会のあらゆる分野で指導的地位に女性が占める割合が、30%になる)」を掲げていたが、達成できずに終わっている。

野村 管理職に登用しようとしても、それだけの経験を積んだ女性がいないとしたら、女性を育ててこなかった組織に責任があります。経験がやや不足するとしても、役職にふさわしい力量があると見込めば、任せてみればいいと思います。抜擢したからには、上司も組織もサポートするべきです。意思決定層に女性がいる「景色」を、女性社員にしっかり見せることはとても大切だと思います。キャリアアップのロールモデルとなる女性が上層部や管理職にいないと、女性は自分が働く企業の中で「上に行ける」とは思えないでしょう。これまで当たり前とされてきた男性中心の昇進昇格に、女性活躍の視点が加わっていくのはよいことだと思います。