年収の壁、非正規雇用、昇進拒否……“女性活躍推進”を阻む壁は何か?

ダイバーシティ&インクルージョンの礎である「女性活躍推進」――2016年4月に施行された「女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)」は、「働きたい女性が活躍できる労働環境の整備を企業に義務付けることで、女性が働きやすい社会を実現すること」を目的として、10年間の時限立法として施行されたものだ。しかし、年収の壁、マミートラック、アンコンシャスバイアスといった問題もあり、企業における女性の働き方は順風満帆とは言い難い。元『日経WOMAN』の編集長であり、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社)など、多数の著書がある野村浩子さんに、企業・団体における「女性活躍推進」の現状と課題、これからの道行きを聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)

ヒット企画「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」ができるまで

「女性のキャリア形成」「ダイバーシティ推進」を研究テーマに大学の教壇に立ちながら、数多くの取材・執筆活動を続ける野村浩子さん。野村さんが社会に出た2年後(1986年)に「男女雇用機会均等法」が施行され、『日経WOMAN』元編集長という肩書から、 “女性活躍のフロントランナー”の印象を受けるが、20代から30代半ばまでは、非正規雇用で働いていたという。

野村 新卒で、ベンチャー企業に正社員として入社し、希望する編集の職に就いたのですが、会社の急成長についていけないこともあって、2年弱で辞めてしまいました。それから、外務省の外郭団体で機関誌をつくる仕事をして、26歳のときに、日経ホーム出版社(現・日経BP)が発行する月刊誌(『日経アントロポス』)の契約記者になりました。1年更新の有期雇用契約で7年働き、30代半ばで正社員に……つまり、非正規雇用で働いた期間が10年近くあったのです。日経ホーム出版社で働く前は、1年後がどうなるか分からず、「私を必要としている職場はあるのだろうか?」と真っ暗なトンネルの中にいるような気持ちでした。インターネットでの情報発信がない時代だったので、毎週日曜日の朝は、新聞の求人欄をくまなく見ていました。

 日経ホーム出版社(現・日経BP)の正社員となった翌年に、野村さんは管理職に昇進し、『日経WOMAN』編集部へ異動。副編集長を6年間務め、2003年に、同誌初の女性編集長に就任した。

野村 『日経WOMAN』の販売部数は、私が副編集長の頃にどん底で、雑誌を存続させるための議論を編集、販売、広告のメンバーと交わし続けました。上司(編集長)は3人替わったのですが、最後に組んだ編集長のときに読者層のニーズと雑誌の方向性が一致して、部数が回復。そのタイミングで、私が編集長を引き継ぎました。

 野村浩子編集長率いる『日経WOMAN』は部数を伸ばし、読者の支持を確実に得ていった。“雑誌の顔”とも言えるヒット企画「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」は、野村さんが生み出したものだ。

野村 「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」のスタートは1999年――私が副編集長のときです。当時、取材した、東京の小さな会社で働く20代後半の女性から、「野村さんのように、年を重ねても楽しそうに、元気に仕事をしている女性に初めて会いました」と言われ、「えっ?」と驚きました。詳しく尋ねてみると、北関東で生まれ育ったその方の身近で、長く仕事をしている女性といえば、スーパーマーケットの店員や生保レディなどだったといいます。働く女性のロールモデルが圧倒的に不足していることに私は改めて気づき、『日経WOMAN』で、その「ロールモデルを見せたい。キャリアのひらき方を示したい」と思いました。その頃の日本の社会は、女性が働き続けてキャリアップする道があまりひらけていなかったのです。

 とは言え、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」は人選やリサーチに手間がかかるし、授賞式のお金も必要なので、社内には否定的な声がありました。「社会的な意義があるので、実施させてください!」と粘り……やがて、女性だけではなく、男性にも注目してもらえる企画になりました。現在(いま)でも、後輩の皆さんが続けてくれて、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれる女性の生き方・働き方を目標にしている読者の方も多いようです。

年収の壁、非正規雇用、昇進拒否……“女性活躍推進”を阻む壁は何か?

野村浩子 Hiroko NOMURA

東京家政学院大学 特任教授

1962年生まれ。84年、お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現日経BP)発行の『日経WOMAN』編集長、日本初の女性リーダー向け雑誌『日経EW』編集長、日本経済新聞社・編集委員、淑徳大学教授などを経て、2020年4月東京家政学院大学特別招聘教授。財務省・財政制度等審議会委員、経済産業省・なでしこ銘柄基準等検討委員会委員、神奈川県男女共同参画審議会委員など政府、自治体の各種委員を務める。著書は、『市川房枝、そこから続く「長い列 参政権からジェンダー平等まで』(亜紀書房)、『異なる人と「対話」する 本気のダイバーシティ経営』(日経BP)、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社)、『女性に伝えたい 未来が変わる働き方 新しい生き方のヒントが見つかる、二極化時代の新提言』(KADOKAWA)、『定年が見えてきた女性たちへ』(WAVE出版)など多数。