Hondaの人材育成施策に見る、「エンゲージメント」を高めるキャリア支援

「私はいつも、会社のためにばかり働くな、ということを言っている。自分のために働くことが絶対条件だ」――これは、本田宗一郎氏(本田技研工業創業者)が1969年(昭和44年)に同社の従業員に向けて発信した言葉だ。激動の自動車業界のなか、「人や社会の役に立ちたい」「人々の生活の可能性を拡げたい」という想いを原点にするHonda(本田技研工業株式会社)は、人事関連領域でも変革と挑戦を続けている。従来の「階層別研修」から「新たな研修体系」への転換など、新たな人材育成施策と現況を人事部のキーパーソンたち(*)に尋ねた。(聞き手/永田正樹、構成・文/棚澤明子、撮影/菅沢健治)

*本田技研工業株式会社 コーポレート管理本部 人事統括部 人事部 人材開発課 主任 山崎紘和さん、同課 チーフ 内田悠介さん、キャリア・多様性推進室 アシスタントチーフエンジニア 菊地貴行さん、同室 主任 小田有子さんの4名

自分にとって必要な学びを自分で選択できるように

永田 現在、御社では、研修体系の変革に着手しているとうかがいました。詳しいお話に入る前に、人事部の組織構成について教えてください。

山崎 人事部は、人事課、タレントマネジメント課、健康推進室、人事DX推進課、キャリア・多様性推進室、人材開発課という6つの課と室に分かれています。今回の研修体系の変革は、人材開発課が中心になって進めてきました。

永田 研修体系の変革としては、これまでの「階層別研修」から新たな研修体系への見直しを実施した、と。経営環境が大きな変化に直面したタイミングでもあり、経営層から従業員に行動変容を求めているという側面もあるのでしょうか?

山崎 そうですね。現在、自動車業界は変革期を迎えています。ご存じのとおり、弊社では2021年に社長が交代し、第二の創業期としての強い意気込みや危機意識を抱えてきました。事業の変革を進めるなか、従業員に向けての「自分自身の意識や行動を変えていこう」という発信は、積極的になされています。その支援として、事業を進めていくうえで必要な専門スキル、たとえば、デジタル・ソフトウェアスキル、ビジネススキルの習得が挙げられます。そうした観点に加えて、従業員全員に共通して求められる仕事を進めるためのスキルを身につける場の提供を検討してきました。

永田 そう考えるようになったきっかけとして、山崎さんが所属していらっしゃる人材開発課が行った従業員意識調査を挙げていらっしゃいますね。その調査で気になる結果が出たということですか?

山崎 はい。2019年の調査において、従業員の学びに対する意欲に応える環境の整備を進めていかなければならない状況であることが判明しました。「学びたいという気持ちはあるものの、どう学べばいいのかが分からない」「学びの取り組みが十分に提供されていない」という従業員の声など、会社側が従業員の学びに対する意欲を十分に汲み取れていないことや、マネジメント層が学びの機会提供を十分にサポートできていないことが課題点として浮かび上がってきたのです。

永田 それまでは、年次を限定して、階層別の研修を行っていたそうですね。たとえば、あるタイミングで研修を受講した後は、次の研修の機会が10年後、ということもあったとうかがっています。そうした階層別の研修をどのように改めたのですか?

山崎 これからの「学び方」においては、従来のように会社側から指定して提供するのみならず、従業員が学びたいと感じる内容を学びたいという意欲に応じて学習できる機会を提供する、魅力的な研修体系であることを目指しました。具体的には、必要なタイミングにおける階層別研修は残しつつも、主体としては希望者が自ら手を挙げて受講する研修を選択する、手挙げ式の研修を始めることにしました。