紅葉の季節。すがすがしい山の空気を吸って心身共に清め、鍛え、なごみたい。本格的な登山もよいが、大自然の景色を楽しみながら、のんびりと山を歩くのも格別な味わいがある。山を愛するイラストレーターの中村みつをさんに、大人の山歩きの楽しみ方とおすすめの秋山を紹介してもらった。(取材・文/フリーライター 増澤曜子)
目標を失いかけた登山家を助けた
「しらびそ小屋」での高揚感
13歳で奥多摩の川苔山(かわのりやま)に登って以来、60年近い登山歴を重ね続けている中村みつをさん。高校時代にロッククライミングに魅せられ、谷川岳、剣岳、穂高岳の岩場をよじ登り、海外ではヨーロッパアルプスやヒマラヤにも挑戦した筋金入りの山男である。その山登り紀行を、中村さんはひょうひょうとして味わい深いイラストとエッセーで発信してきた。
中村さんの山人生でエポックメイキングとなったのが、北八ヶ岳(長野県・山梨県)の山小屋との出合いだった。ひたすら高い山、難しい山に挑戦し続けてむかえた30代後半、やりつくした感があって目標を失いかけていたときだった。
「雑誌の企画で、北八ヶ岳主峰の天狗岳の斜面を山スキーで滑降しようというのがあって、スキーをかついででかけました。そのとき、編集者が『いいところがある』と連れていってくれたのが、しらびそ小屋だったのです」
登山口の稲子湯から天狗岳へと向かう登山道の中腹にある、みどり池湖畔の山小屋である。針葉樹の森の中、リスやウサギといった野生の小動物、ウソやコガラなど野鳥がひょっこりと姿を見せる。運がよければニホンカモシカに遭遇できる。
「森の中の小屋に泊まったのは初めてでしたが、中学生の頃、奥多摩の山を歩いたときの、わくわくするような気持ちが戻ってきたのです」
以来、頂上を目指すことをやめたわけではないが、のんびりと山を歩くおもしろさを知り、山登り人生がより豊かになった。
「しらびそ小屋からは天狗岳が見えます。頂上を目指すのもいいし、ダケカンバの紅葉に囲まれて風景を楽しみながら、森の休日を過ごすのもこれまたいいですね」