中国軍が、生命科学技術の軍事目的での活用を非常に重視しているのは確かである。たとえば、ノーベル賞を受賞したクリスパーというゲノム編集技術を使って、筋肉を強化した警察犬を作る研究が行われているという。これは兵士の強化改造にも応用可能な技術だろう。

 脳科学・情報科学の分野では、人間の脳と機械を電子回路などを媒介にして繋ぐ「ブレイン・マシン・インターフェイス」をさらに進めて、脳と繋いだ人工知能が脳波から生体情報を読み取り兵士の状態を把握するといった、「人機一体化」が研究されている。

 そして、「脳の戦い」を制する具体策の一つとして、人間の「脳のインターネット」を構築するアイデアが提唱されている。すべての兵士の脳と兵器システムをインターネットで繋いで統合して運用することで、個々の戦闘者の情報処理と環境への対応の能力を格段に強化向上させる方策として考えられているのだろう。

 また日本では、内閣府が主導する助成対象のなかに、人間の身体的・認知的能力を「トップレベルまで」拡張できる技術の開発を目標としているセクションがある。

 具体的には、情報工学や機械工学などを用いて実際に心身の能力の強化改造を図る、サイボーグ化技術の開発も視野に入っている。脳神経系からの信号をキャッチする電気回路と人工知能を接続して、より高度な機能を発揮できる義手や義足の開発も進んでいる。こうした技術が実用化されれば、当然、兵士の強化改造に応用する軍事転用も考えられるだろう。

 こうした「エンハンスメント」に関する生命倫理の議論では、軍事目的での人間の能力の強化改造の問題はほとんど取り上げられてこなかった。

 人間の心身の能力の拡張=強化向上が軍民両用技術である以上、それが私たちにどんな問題をもたらすか、全体を把握するためには、民生分野だけの議論では足りないことは明らかだ。その欠を埋めるうえで、フランス軍事省防衛倫理委員会の意見書は、たいへん参考になる格好のテキストとなっている。