「越えてはならない線」
強化より人間の尊厳の尊重を

 意見書はまず、軍事目的での人間の能力の強化向上の是非は、特異な問題として理解されるべきだとしている。兵士の強化改造は、国の独立と領土の保全を使命とする軍の利益のために行われる。強化改造措置を求められる軍人・兵士には、国防関連法により、犠牲の精神と命令への服従義務が課されている。民生分野とは異なり、個人の自由意志と権利が制限されることが前提になるのだ。

 そうした特異性をふまえたうえで、意見書は、兵士の強化改造の何が認められ、何が認められないかを明らかにしようとしている。その線引きの要点をパルリ軍事大臣が、わかりやすく伝えている。

「われわれは、兵士の強化改造に否とはいわない。しかし、そのやり方は選ぶ。われわれは常に、侵襲的な方法ではない代替法、つまり、身体の障壁を越えない強化を研究する。皮下にチップを埋め込むより、制服にそれを仕込む研究をする。要するに、アイアンマンのアーマーはいいが、スパイダーマンの遺伝子変異による強化はダメ、ということだ」。

 意見書はさらに詳しく、「越えてはならない線」として、次のような兵士の強化改造は禁じるべきだと勧告している。

・武力を行使する意思の制御を減じ、人間性を失わせ、人間の尊厳の尊重に反するような措置
・戦闘行為をコントロールする兵士の自由意志を侵害するような認知操作
・兵士に規律の義務を越えさせるような操作
・優生学的実践または兵士の強化改造目的での遺伝的改変
・兵士の社会への統合や市民生活への復帰を危うくするような措置
・望ましくない影響や効果について事前に研究されていない措置

 実際に研究が進められている計画の例として、兵士同士、または兵士と犬の間で、暗闇や騒音のなかでも意思を伝達できるバイブレーターを兵士のベルトに組み込む技術、壁越しに敵を探知できるレーダーを兵士に装着する技術の開発を挙げている。

 中期的に検討しうる強化改造の例としては、ストレスを管理する薬物の開発、手術や薬物の投与による夜間視力の強化技術の開発を挙げている。

 そのうえで意見書は、指針で示された倫理原則を守らせるために軍事省として取り組むべき方策について、勧告を出している。以下、その主な内容を分析してみたい。