日本人は「軍事や安全保障」に関する常識が欠如しているといわれる。その背景には、日本が唯一の戦争被爆国であり、あえてセンシティブな安保に関する議論を避けてきたという事情がある。だが軍事技術と民生技術の境目はなくなり、戦争の実態が軍事的手段にサイバー攻撃・情報戦を加えた“総力戦”となる中、もはや議論の先延ばしなどできない。特集『軍事ビジネス&自衛隊 10兆円争奪戦』(全25回)の#4では、軍事と安保について「10のキーワード」で解説しよう。初心者でもサクッと理解できること間違いなしだ。(ダイヤモンド編集部副編集長 浅島亮子)
米ペロシ氏の電撃アジア訪問で
高まる台湾有事リスク
米国のナンシー・ペロシ下院議長は25年ぶりに台湾の地に降り立った。その一挙手一投足に、世界中の注目が集まることになった。これに反発した中国は台湾周辺で大規模な軍事演習を実施。日本を含む東アジア地域の軍事的緊張がかつてないほどに高まっている。
それでも、まだまだ日本人の軍事や安全保障に関する関心は高いとはいえない。日本は唯一の戦争被爆国であり、これまであえてセンシティブな議論を避けてきたという事情があるだろう。だがそうは言っていられないほどに、日本を取り巻く安全保障環境は加速度的に厳しさを増している。
国際情勢は様変わりした。国家の安全保障の範囲が軍事限定から、経済、文化、情報、技術、資源へと広がっており、軍事的な攻撃と非軍事的な攻撃を合わせた総力戦が展開されている。となれば「日本は戦争をしないから、そして軍隊を持たないから静観しよう」では済まされない事態になっている。
それでは今、日本に迫っている脅威とは具体的にはどのようなものなのか。なぜ、米中による台湾戦争に日本が巻き込まれるのか。日本人が最低限知っておきたい基礎知識を「10のキーワード」を使って解説しよう。
【軍事と安保のキーワード(1)】
日本の防衛費10兆円
与党・自民党は、日本の防衛関係費を現状の2倍の10兆円規模に引き上げる方針を掲げている。その根拠は北大西洋条約機構(NATO)が加盟国に対して示している「国防費を国内総生産(GDP)比2%以上にする」という基準だ。
ウクライナ侵略を受けて、NATO加盟国である欧州各国は相次いで国防費を増額させている。西側諸国の間で、経済大国の日本もその水準くらいまでは引き上げるという“暗黙のコンセンサス”が形成されているようだ。
日本の2022年度防衛予算は約5.4兆円(米軍関係費などを含む。上記図版の数字は21年度)でGDP比は0.96%。仮にGDP比2%水準まで引き上げるならば防衛予算は11兆円となり、5.6兆円足りない。また、防衛予算のカウントの仕方によっては計算式が異なり、日本の防衛予算はGDP比1.24%に達しているとの見方もある。その場合でも4.3兆円足りない。いずれにせよ、プラス5兆円規模の増額が必要になるということだ。
そうした事情があるので、「防衛予算10兆円」は防衛力を強化するというメッセージを端的に表した自民党のスローガンに過ぎず、必要な経費の積み上げで掲げた数字ではない。
共産党が反発するのは当然として、与党・公明党も増額には慎重姿勢であり、自民党内も一枚岩ではない。防衛力強化を主導してきた政治的リーダー、安倍晋三元首相亡き今、財政健全化路線の岸田文雄首相が「10兆円」へ突き進むのは考えにくいとの見方もある。
二つ目のキーワードは、「中国の軍事拡張スピード」。日本の安保環境を脅かす最大の原因は中国にある。次ページでは、過去30年で約40倍に国防費を増やした中国の膨張ぶりを取り上げる。
【軍事と安保のキーワード】(2)中国の軍事拡張スピード (3)安全保障関連「3文書」の見直し (4)台湾有事は日本有事 (5)自衛隊「陸海空」の序列激変 (6)ハイブリッド戦争 (7)「宇サイ電」領域 (8)継戦能力と反撃能力 (9)軍事技術とデュアルユース (10)経済安保推進法「四つのメニュー」