「ネット・ゲームの依存防止という目的そのものは否定しませんが、内容や制定過程がとにかく雑です。まず、ゲーム依存症という定義自体が科学的・医学的に定まっていません。治療の現場を取材すると、長時間ゲームをしている人の中には、学校生活などでつまずきがあり、引きこもった結果としてゲームに逃げ込んでいる人がいるなど複合的な要因があり、ゲーム自体が依存の要因になっているとは必ずしもいえません。『うちの子、ゲームばかりして宿題もしないし大丈夫かしら』と親が心配するレベルの子どもたちはたくさんいると思いますが、彼らは学校に行き、社会生活もできている。条例はこの両者を一緒くたにして考えているから『ゲームは1日60分を目安に』などという対策が出てくるのだと思います」
山下氏はこうした疑問をもとに、香川県に対し、ゲームへの依存による通院、入院者の数や推移のデータを要求したこともあった。
「でも、そんなことは調べてないって言うんです。対象となる母数もわからないのに条例の効果をどうやって測定するのか。どこの誰に向けた条例なのかが、まったく判然としないのです」
実際、2020年1月に条例の素案が公表された直後には、県職員が「ネット・ゲームの規制という結論ありきで、当事者たる子どもを交えた議論のないまま県議会の委員会内で一方的に話が進められていることに強い危機感を覚え、私はこの条例の制定に反対します」という意見を実名で出した。
さらに、条例の制定過程には作為性が見られた。条例の素案にあった「ゲームは1日60分まで」という時間規制(のちに家庭でのルールづくりの目安に修正)にはネットを中心に「時代に逆行している」などという反対意見が噴出し、炎上状態となった。しかし、その後、寄せられたパブリックコメントでは8割以上が賛成意見だったのだ。しかも、通常では多くて十数件のところが、全国的に注目されたとはいえ、寄せられたのは2600件以上と異例の多さだった。
「私は8割が賛成ということに違和感を持ち、すぐにパブコメ原本を情報公開請求をしました。しかし、開示前に条例は可決。その後、開示された原本を見ると、賛成意見の中には判で押したように似たような文言が多数あったのです」
実際、「条例通過により、明るい未来を期待して賛成します」「ゲーム依存により、判断の乏しい大人を生み出さないために、賛同します」というような同じ言い回しのメールが、短い時間でそれぞれ120件以上も送られていた。
施行2年での見直し条項も
その動きはまったくなし
このような不透明な制定過程に疑問を抱いた山下氏は、成立した後も取材を重ねた。条例が憲法違反にあたると県を訴えた高校生や、ゲームクリエーターらゲーム関係者、さらには知人に頼まれてパブコメで賛成意見を送ってしまったという住民などにも取材をした。
しかし、香川県議会は誠実な説明を行わないばかりか「なかったことにしよう」という姿勢すら見て取れるという。