そこで借金を申し込む王の条件を聴いて、周は閃(ひらめ)いたのだった。
というのは、中国の戸籍制度は世界一非人道的だと言われている。人口の移動が厳しく制限された上、一人っ子政策も加わり非婚生の子どもは、戸籍を取得できないばかりではなく、莫大な罰金も科されてしまう。戸籍がなければつまり、社会的な身分を持たずに生きるということになる。そんな子供たちは「黒孩(ヘイハー)」と呼ばれ、幼稚園や学校にもいけないし、成人後仕事にもつけない。
「文々と結婚の手続きだけ取って、子どもが生まれて戸籍に入れたらすぐ離婚すれば、将来きみの結婚や生活に何の影響もないし、報酬としてきみのお父さんの手術費の50万元をやるから、返済する必要はない。俺たち公平互助の関係で、互いに助かるわけだ。どう?」
周社長は顔に得意げな笑みを浮かべて、王に訊ねた。
偽君子だったのか。途端に、目の前の、有能でかっこいい成功者として慕っていた社長像は、原型をとどめないくらい醜くゆがんだ。窮地に陥った自分が不義の片棒をかつがされるなんて……。渦巻く葛藤を極力抑え込んで、よく考えた結果、仕方なくその条件を呑むことにした。
Deal――この取引が、父親を助けたいという王林と、息子が合法的に生まれてきてほしいと願う周社長との間で成立したのだった。
“書類上”の結婚で金銭問題は解決したが……
数日後、王は周社長に伴われて地元の民政局に出向き、その愛人文々との婚姻届けを出して、「夫婦」となった。翌日銀行口座をチェックすると報酬の50万元が振り込まれていた。
さっそく30万元を病院に支払った。父親は望み通り腎臓移植手術を受けて成功し、順調に回復しているのを確かめると、更に10万元を引き出して、家の頭金として借りた金などを返済した。
残金はあと10万元。父が退院したら、良い人を見つけて再婚させてあげる費用として取っておいた。
その間中、周社長は王を見かければ、「お父さんの手術はどう?」とか「看病と仕事を掛け持ちして大丈夫なのか?」とか訊いたり、給料に業績以上のボーナスを上乗せしてくれて何かと気遣ってくれるのだった。
しかしそう気遣いされるたびに、王は心底の穏やかさを失っていく。偽君子。クズ男。こんな品行の悪いヤツなら商売にもきっと汚い手口を使っているに違いない。汚い金で若くて無垢の女の子を口説き落として、汚しただけでなく、善良の自分も弱みを突かれて不義に利用された。