2人の男性のシルエット写真はイメージです Photo:PIXTA

日本語を母語としない作家で初の芥川賞受賞者、中国人の楊逸(ヤンイー)さん。中国の“フツーの人たち”が引き起こす、日本人には想像もつかないような荒唐無稽な事件を選りすぐって紹介します。親思いで真面目な青年・王林(ワンリン)は、自分を育ててくれた父のためにマンションを購入します。ローンの目処が立ちホッとしたのもつかの間、父の病気が見つかり金策に走ることに……。

※本稿は、楊 逸『中国仰天事件簿―欲望止まず やがて哀しき中国人』(ワック出版)の一部を抜粋・編集したものです。他の事件にも興味のある方は是非、単行本をお読み下さい。

 1983年瀋陽生まれの王林(ワンリン)は、5歳の時に母を亡くし、父子家庭で育った。2006年に大学を卒業し、某布芸有限会社(衣料品加工メーカー)に就職した。再婚もせずに自分を育ててくれた父に報いるために、仕事に没頭し出世を目指していた。

 そんな努力の甲斐があって入社してまだ1カ月、王の営業成績は突出して優秀だったので、相当額のボーナスが出て、2600元(5万2000円)ほどの給料を手にした。東北部の大都市でも平均月収はまだ1000元に満たないという当時、破格の収入を得て、王の喜びは計り知れなかった。

 給料には手を触れず、そっくり父に渡したが、父は「全部貯金しておくよ。将来おまえが結婚するときに家も買わなきゃならないしね」と言いながら、息子の成長に感激して、給料袋を握る両手が震えていた。

 父の苦労とこれまでの辛い生活を思い出すと、王林も感激して、涙をこらえながら、「僕はもう立派な大人になった。金を稼いで5年以内に絶対に家を買うから、父さんは心配しなくていいよ」と答えた。それからというもの彼は本業のほかアフターファイブや週末も休まず、バイトをするようになった。

 まる3年間、寝食を忘れて働いた。2009年の春にはみるみる10万元台に膨れ上がった貯金に、友人から更に数万元を借りて19万元(約380万円)の頭金を払い、住宅ローン(40万元余)を組んで、ロケーションと生活の便も良い瀋陽市内の新開発区に90平米の新築マンションを買った。

 ぼろ家から立派な新居に引っ越した日、父子二人は珍しく、「山珍海味」を買ってきてごちそうを作り、酒を酌み交わして盛大に祝った。

「再婚して余生こそ幸せになってほしい」と勧める息子に、父は逆に「お前こそ、早く彼女を見つけて結婚してくれ。父さんは孫の面倒を見たいんだよ」と思いやるのだった。嫁と子どもの笑い声が聞こえる生活を思い描く二人は快く酔って、夜を明かした。

安心したのもつかの間、父の病気が発覚

 新居での暮らしが始まり、幸せになるはずだったが、長年の苦労が祟ったのか、父親は体調を崩して、日に日に弱っていく。病院に連れて行き精密検査をしたら、「重度の尿毒症」に罹(かか)っていて、腎臓移植するほか、もう助かる道がないというのだ。

 腎臓移植費用30万元。月4000元も住宅ローンの返済に消えてしまうのに、王はそんな大金をどこから捻出すればいいかと頭を抱えてしまった。