中国の“フツーの人たち”が引き起こす、荒唐無稽な事件を、芥川賞作家の楊逸が厳選して紹介します。借金の代わりに、社長の愛人と(書類上の)結婚をした王。すぐに離婚届けを出す約束が、一変、離婚はしないと言い出します。王が思いついたアイデアとは、一体……?
文々(ウェンウェン)は驚いて後ずさり、表情を一変させた。
「触らないで! 離婚してくれなければ、裁判を起こすわよ」
「けっこうじゃないか。離婚しても子どもの親権は僕が持つように、裁判戦略はすでに練ってある。息子がいなければきみはそのうちほんとに捨てられるんじゃないかな? きみは僕の前で哀れな愛人を演じるより、400万元を僕に払うように周を説得するのが得策だと思うよ」
二連敗。焦る周(ジョウ)社長。400万元は彼にとって実は「すごい大金」というわけでもなかった。ただ金を脅し取るために「契約」を破った王を許せない上、脅しに屈して金を払うなんて納得いかないし、万が一この一件が他人に知られたら面子丸つぶれで、「若くて有能な実業家」というイメージも傷ついてしまう。
彼は弁護士に相談するのと同時進行で、そっち系のボスに頼んで王に恐喝や嫌がらせをさせた。しかし病人の父のほか失って心が痛むような弱みを何一つ持っていない王には、一切効果がなかった。
「靴を履いた人は裸足のヤツに勝てない(金持ちは貧乏の無頼には勝てるわけがない)」――つまり400万元を払うのが一番損が少なくて済むと、弁護士と極道の両方から説得された。
2011年の年明け早々、王は周社長に電話をかけ、「10日以内に口座に400万元の入金を確認できなければ、文々の住むマンションに引っ越す。彼女は法律上僕の妻で、息子の戸籍にも父親の欄には僕の名前が載っている。今後僕の妻子に会ったら警察を呼ぶぞ」と、通告した。
周社長が折れた。400万元が振り込まれたのを確認した王は、今度こそ約束を守って翌日、1月17日に文々と離婚の手続きをした。
不義の男女から大金を奪い取った、という勝利を収めて、王は大いに喜んだ。懲悪の英雄である自分に惚れ惚れし、しばし酔いしれる。――昔の梁山泊の好漢然(しか)り、現代の革命児・毛沢東然り、彼らの称えられた壮挙は「劫富済貧(きょうふせいひん)」だ。金持ちから金を奪って貧しい庶民を救済し、社会の不公平を正したのではないか。極悪の周からもっとお金を取って、孤児院に寄付するとか、チャリティーで社会貢献しようじゃないか。
そう思いつくと王はまた動き出した。――今度ターゲットに絞ったのは周社長の妻だった。
彼はあの手この手を使って周の妻、張某(チャンなにがし)の電話番号を入手し、彼女を呼び出した。
「周社長に愛人がいて、この間男の子も生まれたってことご存知ですか?」