病気の父を助けるために折れた自分が哀れだ。なのにヤツは汚い金を見せびらかして優越感を味わっている。こんな極悪人がいて良いはずがない。懲悪揚善(悪をこらしめ善をすすめる)。――これは自分の使命ではないか? そう、きっとそうだ。

 そう思いついた王は動き出した。2010年の初夏、だいぶ快方に向かっている父親から少し解放された王は、文々の出産予定日と離婚の頃合いを見計らったうえで、弁護士事務所に相談に行った。

「妻が産んだ子どもが自分の子でないことがわかって離婚する場合の賠償金はどうなるのか」と。

 回答はいずれも似たり寄ったりで、「妻の不実を証明できる確かな証拠を提示するか、DNAテストを求めることもできる。ただその場合は妻と子どもの同意が必要なので、刑事事件でなければ強制できない。また賠償金に関しては、妻の経済力を考慮して、相応額を決めるもの」との内容だった。

 戸籍上の妻である文々は貧しい農家の娘、数年前に瀋陽に出稼ぎに来て間もなく周に出会い、愛人にさせられた。その後すぐにバイトを辞め、周の借りた高級マンションに住み、貴金属やブランド品を身に纏(まと)って、チャラチャラして遊びまわっているけれど、彼女自身はしょせん無収入で、離婚裁判に「他人の家庭を破壊した不倫相手として」周社長を引き摺り込んでも、取れる金額はたかが知れている。

 どうもあまり役に立たない法律を自分の味方にするよりは良い方法があるに違いない。王は蜜柑からジュースをしぼり出すように脳みそを使った。ついに「離婚することに値段をつける」アイデアが思い浮かんだ。

 果たして文々は順調に出産した。母子ともに外気に触れても大丈夫というひと月を待って、王は周社長に呼び出されて、その「一家」と一緒に役所に出生届を提出した。

「来週は離婚届、よろしくね」

 ご満悦の周社長に肩を叩かれた王は、真顔になって「その前に一度お話をしたい」と申し出た。

 10月末。町中の枝木は枯れて落葉が埃と共に舞い、まるで人情の酷薄さを物語っているような景色の頃に、直談判するつもりで社長室を訪れた王は、ソファーに座るなり「離婚するつもりはないです」と言い出した。

「何? どうして」

 訝(いぶか)し気な表情の周社長は状況を掴めず、ただ彼の顔をじっと見た。

「離婚はしないです。これから、きれいな妻、生まれたばかりの可愛い赤ちゃんと一家団欒を楽しみたい」
「王林、何を言っているんだい? 俺をゆするつもりか?」