ぱちぱち――カメラのシャッター音が響く中、不意を突かれた周社長は終始ポカンとしたまま、何が起きたかはわからない様子だったらしい。
その場で妻は事前に用意した離婚届と財産分割協議書を取り出し、周社長に突き付けた。
むろんサインするしかなかった。離婚を無事に成立させるために、その晩妻は親戚とともに別宅に居座った。翌朝周社長は半ば犯人が移送されるかのように、妻に連れられて役所に行き離婚手続きを済ませて、2900万元の財産は妻の手に渡ることが確定。
王の企んだ通り、数日後彼の銀行口座には300万元が振り込まれた。あちこちに借金を申し込んでいた自分が、1年足らずで資産700万元ほどの「懲悪英雄」になったのだ。
王英雄は50万元をチャリティー用の別口座に預け、残りの650万元を7000万元にするために、有望な衣料品加工業に投資した。
“取り引き”で得た金で起業したものの……
会社を設立し、工場が稼働したのは2011年5月。王社長は名刺を大量に印刷し、周社長の下で働いていた頃に知り合った同業者を訪ね、あいさつ回りをする。営業してわずかひと月。オーダーが次々と舞い込んできた。低く設定した価格に魅せられたのか、かつて周社長のお得意様だったバイヤーは挙(こぞ)って王林に群がった。
動きだした工場の生産力を大きく上回るオーダーなのだが、王は多くを考えずとりあえず、すべて引き受けた。それからは自分の工場を抵当に、銀行から800万元を借りて、生産規模を拡大した。
この勢いで行けば、来年の今頃には売り上げは3000万元(6億円)を上回るだろう。ざっとそう見積もった王は喜びを隠せず、家の簡易ベッドに伏せって静養する父親に、「来年豪華な別荘を買って、ベッドもフワフワのフランス製のキングサイズに替えてあげるね」と大口を叩いた。
2011年9月、王林の工場の製品は全国あちこちに出荷された。バイヤーから順次代金が支払われるのを待ち望みながら、更なる事業拡大を考えている。
最初の返品が届いたのはちょうどひと月後のことだった。それからというもの、自分の送った製品は、まるではじき弓で放たれた小石の如く、次々に送り返されてきた。返品は送ったものの8割に及び、戻されていない製品は、契約当初に支払われた20%の契約金分だというのだ。
また返品理由はいずれも、製品のデザインや製法、素材など注文した際の基準を満たしていないため、売れない、というもの。