やりたいことが見つからない、どうすれば自分に合う仕事が見つけられるのか、いいキャリアを作っていきたい……。就職や転職について、あるいはキャリアづくりについて、悩みを抱える若い人は昔も今も少なくない。
そんな若者たちに向け、一度しかない人生を輝かせるノウハウを明らかにしてベストセラーになっているのが、『苦しかったときの話をしようか──ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』だ。著者は、P&Gを経てUSJをV字回復させたことで脚光を浴びたマーケター、現在は起業して株式会社刀を率いる森岡毅氏。全世代から支持を集めている、そのエッセンスとは?(文/上阪徹)

USJ復活の立役者・森岡毅

子どもが社会に巣立つとき、親が贈れる言葉とは

 キャリアについて書かれた本は数多くあるが、実際にビジネスマンとして活躍してきた親が、自分の子どものために書いたというのが、本書だ。しかも、著者はP&Gで米国本社勤務も経験、転じたUSJで窮地の状態からV字回復させた立役者として知られた森岡毅氏。現在は起業し、戦略家・マーケターとしてマーケティング戦略集団「刀」を率いている。

 仕事で大きな結果を出した著者による、まさに「働くことの本質」が描かれた一冊は、若い人から親世代にまで支持され、40万部を超えるベストセラーになっている。

 初めて原稿を読んだ担当編集者が目を真っ赤にし、原稿の上に涙の染みを作ったというエピソードが「はじめに」に出てくる。

 この文章を書いている私は担当編集者を存じ上げているが、実は私と同様、年頃の娘を持つ身。最終章で描かれる我が子への思いの熱さには、懐かしさとともにたしかに心震えるものがあった。親はみな、子を愛しているのだ。

 世界を睥睨している君を、私はおそるおそる初めて抱きかかえた。なんて小さい! なんてかわいいのだろう! 君は私の左手の薬指を不意にギュッと掴んだ。そのときダイレクトに伝わってきた温かさは、なんて儚くて、なんて確かな存在感だったろう! 君の小さな手のひらと米粒のような指先が掴んでいたのは、指1本ではなく、私という存在のすべてだった。(P.291)
 少々仕事で凹まされても、とことん疲れても、そんなのは大した問題じゃなくなった。だって、家に帰れば小さな君が待っていてくれて、泣いたり笑ったりしてくれるのだから! 週末には君にかわいいヒヨコのマントを着せて、私の右肩に君をちょこんと座らせて公園に行けばもう完璧だった。君との時間があれば、その1週間のすべては報われるのだから! 小さな君の誕生は、私にとっては文字通りの「天使の降臨」だったのだ……。(P.293)

 あっという間に時は過ぎ、ついに子どもが社会に飛び立とうとしている。親として、どんな声をかけたいだろう。本書を読みながら、多くの親が改めて子どもに思いを寄せている姿を想像できた。

 自分たちは子どもたちに何を残せてやれるだろう。それを、一人一人が、あるいは夫婦が、本気で考えるべき時期に来ている。

この残酷な社会で、日本人が生き残る道

 日本について、残念なニュースばかりが目につくようになったのは、いつ頃からだっただろうか。このままでは、この国が危うい。そんなふうに感じている人は、親世代の中にも少なくないだろう。

 著者もこう記す。

 かつて世界経済の16%を占めた日本は、空白と停滞の“平成30年間”を経て、成長する世界から取り残され、今では僅か6%の存在になり果てた。アジアで唯一絶対的な先進国だったのに、今では一人当たりGDPでもアジアのトップからとっくに転げ落ちている。さらに少子高齢化が進む中で、事態は加速度的に悪化するだろう。(P.300)

 思ってもみなかった円安が進み、物価も上がり始めている。私も体験したが、この春に旅行で行ったハワイでも、この夏に出張で行ったオーストラリアでも、ラーメン1杯食べるにも、びっくりな金額だった。衝撃だった。これでは、おいそれと海外には行けなくなった、と感じた。日本は明らかに貧乏になってしまったのだ。

 しかし、物価高を嘆いていたところで、何も起こらない。

 日本人はもっと強くならなければならない。これは次世代の若者に限定した話ではないのだ。むしろ社会の主力を構成している我々こそが、“大人”が、もっと強くならなければならない。日本人の一人一人がより髙い能力を身につけて、自己実現を通して社会を活性化していく、そのサイクルを加速させねばもう間に合わない。我々は今、豊かだった日本を次世代に託せるかどうかの瀬戸際に立っている。(P.300)

 これから社会に出ていく子どもたちのためにも、閉塞している日本の状況を変えなければいけない。社会の空気を、企業の意識を、働く一人ひとりの行動を。

 だからこそ、著者はこう提案する。

 日本が生き残る道は、社会を活性化させる人材を輩出する構造を早く強化することだ。遠回りに見えて、実は教育に置くこの一石こそが日本再生の“重心”であると私は確信している。あらゆる分野で本物のプロフェッショナルをもっともっと多く輩出しなければならない。その中から新しい事業や産業を興す若者が現れる仕組みが必要だ。(P.301)

 実は身近なところで、貢献する方法がある。キャリアの話やお金の話を、親が子どもにしっかりとしていくことだ。「背中で語る親は立派だが、我々はもう少し口でも語れるようにならなければならない」と著者は書く。

 そして、こうも言える。元気な日本を作っていくために何が必要なのか。愛する子どもに伝えられるだけの「新しい学び」が親に求められているのだ。

「だから、ビビっている君は素晴らしい!」

 何かを変えようとするとき、何か新しいことを始めようとするとき、人は不安に襲われることになる。これは、親も同様だろう。いや、過去にたくさんの体験が積み上げられているだけに、余計に不安は大きくなるのかもしれない。

 本書には、著者から娘への不安の向き合い方が語られている。第6章の「自分の“弱さ”とどう向き合うのか?」だ。実はこれ、読んでいると、そのまま親にも言えることなのではないか、と思えた。

 もちろん子どもたち、若い人たちも参考にするといい。でも、大人たちも参考にできる。

 チャレンジによって起こる変化が大きいほど不安は大きくなる。つまり、不安とは、本能を克服して挑戦している君の勇敢さが鳴らしている進軍ラッパのようなものだ。不安であればあるほど、君は勇敢なのだ! もう1つ、不安は未来を予測する知性が高いほどより大きくなる。不安であればあるほど、君の知性が真摯に機能しているのだ! 挑戦する君の“勇敢さ”と“知性”が強ければ強いほど、よりくっきりと映し出される「影」こそが、実は“不安”の正体だと理解しよう。(P.267)

「だから、ビビっている君は素晴らしい!」と著者は書くのだ。そして、「実は、私もしょっちゅう、ビビっている(笑)」と。

 もし、人生にビビっていないとすれば、それは何かを変えようとしたり、新しい何かをしようとしていない、ということを意味するのかもしれない。

 この文章を書いている私は数千人に取材をしているが、若い頃はよく成功者に質問していた。「不安はなくなりますか?」と。実はどんなに成功している人も、不安を持っていた。その理由が今はわかる。誰も、満足などしていなかったからだ。新しい取り組みに、常に挑んでいたからだ。だから、成功したのである。

 著者はこう記す。

 真剣に考えて欲しい。「何も失敗しなかった人生……」。死ぬ寸前に自分がそう呟いて天寿を全うする場面を想像して欲しい。それで本当に悔いなくあの世に逝けるのか? 何も失敗しなかったことは、何も挑戦しなかったに等しい。それはかけがえのない一生において、何もしようとしなかったということ。それは臆病者の人生の無駄遣いそのものだろう! 失敗しない人生そのものが、最悪の大失敗ではないのか?(P.271)

 何かを変える。新しいことをやってみる。一歩、違う世界に踏み出してみる。新しい考え方を取り入れてみる……。

 挑戦することは、若い人の特権なのではない。親世代である大人にも、できることなのだ。親が変わることは、子を変えることにもつながる。では、何から始めるべきか。本書を読むのは、手っ取り早い第一歩だと思う。それにふさわしい読み応えのある一冊なのだ。

(本記事は『苦しかったときの話をしようか──ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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第1回 【森岡毅】「やりたいことがわからない」そんな娘に父が全力で伝えた「働くことの本質」
第2回 【森岡毅】父が娘に本気で伝える「選ぶべき会社」「避けるべき会社」
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