自家用車が生活に欠かせない地域では、老親に運転免許の自主返納を促しにくい。
運転免許更新時に認知機能検査も行われているが、適切な返納に結びつくか疑問視する声もある。
そこで国立長寿医療研究センターの研究グループは、記憶力が衰えたという自覚(SMC)と歩行速度の低下から、事故リスクを予測できるか否かを調べている。
本研究の対象者は2015~18年に愛知県に居住していた65歳以上の男女で、すでに認知症と診断された人や脳卒中の既往がある人などを除き、1万2475人(平均年齢72.6歳、男性56.9%)が参加した。
SMCの判定は、(1)多くの人に比べ、自分は記憶力が低いと思う、(2)記憶力に問題があると思う、(3)以前より、物をどこに置いたかを忘れることが増えた、(4)親しい友人、親戚の名前を忘れる、(5)他人から忘れっぽいと思われている、という5問中一つ以上に「はい」と答えた人としている。
歩行速度については、年齢と性別が同じグループの平均速度よりマイナス1SD以下を低下群とした(偏差値でいえば40以下)。同時に、客観的な認知機能と、視覚、聴覚、昼間の過剰な眠気なども調べている。
対面調査で得られた過去2年間の自動車事故の経験とSMC、MCR(SMC+歩行速度の低下)との関連を分析した結果、健常者と比べてSMC群の事故リスクは1.48倍、MCR群は1.73倍と有意に高かった。
過去1年以内のヒヤリハット事故(アクセル、ブレーキの踏み間違いなど)との関連でも、SMC群は2.07倍、MCR群は2.13倍と有意に高いことが示された。
また、客観的な認知機能障害の有無にかかわらず、SMC群およびMCR群では事故とヒヤリハットリスクは高いままだった。
自動車の運転は、認知機能と身体機能が複雑に絡む作業だ。両者の衰えが近い将来の交通事故につながることは想像に難くない。
免許返納について話し合うときは、認知機能だけではなく、歩行速度や身体機能にも目を向けよう。現実は容赦がないとしても。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)