なぜ共和党は
トランプ氏に乗っ取られたのか

 前述したようにトランプ氏を批判したペンス前副大統領が支持を広げられずに撤退したことは、今の共和党はトランプ氏に完全に乗っ取られ、反トランプ派が入り込む余地がないことを示しているが、最近そのことを印象付ける出来事が他にもあった。

 下院は共和党が多数派を占めているため、議長は共和党から選出されているが、10月初め、ケビン・マッカーシー議長が党内右派の造反によって解任された。それから数週間に及ぶ党内の混乱を経て、ようやく下院共和党ナンバー3で人気も信頼もあるトム・エマー院内幹事が大半の支持を得て次期議長候補に選出された。

 ところがその直後、トランプ氏がSNSに「トム・エマーのようなグローバリストで、名前だけの共和党員に票を入れるのは悲劇的な誤りだ」と投稿すると、党内で一気に反対ムードが広がり、エマー氏は撤退を余儀なくされた。

 その後、下院議員を6年半務めただけで政治経験が乏しく、ほとんど無名のマイク・ジョンソン氏が立候補すると、すんなりと議長に選出された。その最大の理由はトランプ氏の支持を受けたからだが、保守強硬派のジョンソン氏は2020年大統領選の結果を覆そうとしたトランプ氏を強く支持したことで気に入られたという。

 下院議長は大統領継承順位が副大統領に次ぐ第2位の要職だが、それをこのようなやり方で決めてしまってよいのだろうか。いずれにしてもこの出来事は、共和党はトランプ氏の支持がなければ下院議長ポストも決められない党になってしまったことを改めて印象付けた。

 それにしても共和党はなぜ、こんな情けない党になってしまったのか。

 数十年にわたって共和党選挙参謀を務めたスチュアート・スティーブンス氏は、最近出版した著書『The Conspiracy to End America: Five Ways My Old Party Is Driving Our Democracy to Autocracy(アメリカを終わらせるための陰謀~我が党が民主主義を強権主義に変えるための5つの方法)』の中で、2016年に共和党で起きたことは1920年代から30年代にかけてドイツの支配階級がナチスのヒトラーを受け入れ、国家社会主義の台頭を容認した状況に似ていると述べている。

 スティーブンス氏は2023年10月25日のPBSニュースアワーの番組で、その類似点について詳しく説明した。

「当時のドイツでは支配階級が労働者階級との距離を近づけるためにヒトラーがそのつなぎ役になってくれると期待し、また自分たちは彼をコントロールできると考えて受け入れた。そしてまさにそれと同じことが共和党にも起こったのです。

 ミッチ・マコネル上院院内総務(2016年当時)は“トランプ氏は変わるだろう。自分たちは彼を変えられる自信がある。自分たちが保守の本流であり、トランプ氏はそれに順応するだろう”と語った。しかし、それは甘い考えだったことが証明されました。彼は今でも変わっておらず、共和党が反トランプの方向に向かおうとするたびに逆の方向に向かい、ますます勢いづいているのです」

 実際、2012年大統領選で共和党の指名候補となったミット・ロムニー上院議員やペンス前副大統領など、トランプ氏を批判する人は時々出てくるが、それを支持する声は党内で広がっていかない。なぜなら共和党の指導部がトランプ氏に対して従順になり、彼を批判しないからである。