CFO人財に求められる
資質と能力
まず、CFO人財に求められる資質についてです。本連載第1回でも言及しましたが、ピーター・ドラッカーは著書『現代の経営』(上田惇生訳、ダイヤモンド社)で経営者の資質として第一にIntegrity(インテグリティー)を挙げました。Integrityは、日本語では真摯、高潔、誠実等と訳され、筆者はそれらの統合された意味と考えますが、これはCFO人財にとっても、公正(フェア)と並び、重要な資質と思います。
筆者自身は、経理を振り出しとする経歴の中で、連載第2回で論じた「健全経理」「和して同ぜず」「最後の砦」「Fiduciary Duty comes first(受託者責任最優先)」などの言葉に出会いました。それらIntegrityにつながる言葉をみずからの規範として職務を遂行し、同時に価値観の形成にも努めてきました。
スタンフォード経営大学院やサン・マイクロシステムズで学んだ、イノベーションを促進させる「意見の多様性を重んじ、オープンでフランクなコミュニケーション」は、昨今のDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)に通じ、グローバルな経営環境における信頼関係構築の礎としても重要になります。
本連載第4回で言及のトランスナショナルモデルも、前述の通りDE&Iの概念、「グローバル企業の異文化環境で、多様な人材が相互に尊重し合い、公平に活躍できる機会が与えられ、一人ひとりが違いを生かしながら能力を発揮できる経営環境の実現」を志向すると、筆者は考えます。
関連する事例は、日本電産(現ニデック。本連載では筆者が在籍した当時の社名で表記します)でクロスボーダーのM&Aが進展していった時期に、年に1~2回、京都本社や各地域で開催されたCFO会議は、そのようなDE&Iを志向するトランスナショナルモデル的なアプローチといえるかと思います。
この会議には、京都本社CFO機能および関連本社機能の幹部、各地域の現法CFOおよび各地域統括会社幹部に加えて、監査役会メンバーや監査法人幹部にも出席願いました。グローバルな雰囲気の中で、オープン、フランクで実質的な討議が展開され、トランスナショナルの息吹が感じられました。
ブリヂストンでは、海外の売上高が連結の7割を超える地域構成比も踏まえて、グローバルCFO就任と同時にDE&Iの精神に基づくコミュニケーション向上と連携強化を目的に、海外3大地域(米州、欧州、APAC)の現地人CFOとの定期的なオンライン会議「CFOラウンドテーブル」を立ち上げました。
CFOラウンドテーブルは、オープンでフランクなコミュニケーションの機会として、海外CFOから好感され支持を受け、積極的な参画と協力が得られました。会議開始時間は、時差の関係から日本時間では毎回午後9時、10時となりましたが、重要度高く位置付け、海外CFOの要請に応えて開催頻度は立ち上げ当初より増えていきました。
「オープンでフランク」は、コミュニケーションスタイルです。視座を高め視野を広げバランス感覚を向上させるために、胸襟を開き自己開放をしてコミュニケーションをすることは、経営姿勢であると同時にCFOの求められる資質の一要素になっていくと筆者は考えます。
次に、CFO人財に求められる能力についてです。ピーター・ドラッカーは『マネジメント【エッセンシャル版】』(上田惇生編訳、ダイヤモンド社)の中でマネジャーの仕事として、目標設定、組織化、動機付けとコミュニケーション、評価測定、人材開発の5項目を挙げました。CFOに求められる能力は、この5項目の遂行能力に「問題解決能力」と「危機対応能力」を加えた7項目と筆者は考えました。
これらを連載第2回で論じた「CFOの役割3軸俯瞰」(図表6-1)と対照しながら見ていきます。なお、項目ごとの記述は、筆者見解による「CFOに求められる能力」になります。
目標設定能力:業績結果責任を担い、戦略立案、経営計画策定、企業変革立案などにおいて「ハイレベルな目標設定の必要性」と「目標達成を可能にするノウハウ」について、わかりやすく合理的な説明を行い、コンセンサス形成に導く能力。経営の意思決定後は、経営は結果がすべての姿勢で目標達成に導いていく能力。
組織化する能力:連載第2回で詳述したようなグローバル本社CFO組織と地域統括会社の協働をベースとする「機能別グローバルCFO組織」を構築し運営する能力。
その要諦は、「危機下でも視座の高い大局観に基づき、価値創出と毀損防止のバランスの取れた経営管理を行い、そのレベル向上に努める姿勢」が堅持可能であること。
コーポレートCFO組織の運営は、明確にされた責任と権限と、リポーティングラインを元にして、各機能(FP&A、経理、財務等)が独立運営を行いながら、相互に尊重・協働・牽制・切磋琢磨していく。そのような組織運営を行っていく能力。
動機付けとコミュニケーション能力:業績結果責任を担い、経営戦略実現と経営計画達成に向けた動機付けを行う。財務バックグラウンドの役員として、目標や計画達成に向けたプロセスでは、経営数値の適切な定量的分析を基に適宜警鐘も発しながら、計画達成に導く(ナビゲートしていく)能力。
社内外の説明責任を担い、社内の経営状況に応じた適切なコミュニケーションに加えて、社外に対してはメディア対応やIRのエンゲージメントにおいて、オーディエンスの期待と要請を的確に捉えた適切で効果的なコミュニケーションを図る能力。
評価測定能力:目標設定能力と対(つい)を成し、もたらされた成果について経営数値面の定量的評価を含む客観的で公正(フェア)に測定する能力。目標や計画の達成に導く的確な業績フォローと、乖離を生じる際には予実差異の定量的要因分析と挽回策立案もセットで求められる。社員の報酬とモチベーションに直結することから経営上重要な能力。
問題解決能力:経営課題の全貌について高い視座から大局的かつ俯瞰的に捉えて(図表6-1のCFOの役割3軸俯瞰の「経営課題軸」参照)、短期的・対症療法的対応課題と、抜本的改革課題に区別し整理して、課題解決の優先順位付けを行う能力。次に、ASSET(分析・予測・解決策提案・実行・成果確認)プロセスなどの問題解決手法を活用して、科学的・合理的に問題を解決していく能力。
危機対応能力:連載第1回で詳述をした業績結果責任を担い、管理不可能な危機下でも、困難な経営課題を自己責任として受け止め、最後まで諦めずに解決に挑む能力。危機の渦中における、3Sによる危機対応、感性(Sensitivity)を働かせ、危機感(Sense of urgency)を抱いたら、即座にスピード(Speed)対応をする能力。危機対応能力は、その他の能力、問題解決能力、目標設定能力、動機付けとコミュニケーション能力、評価測定能力等と密接に関連。
人材開発能力:持続的企業価値向上を担い、理論と実践の融合による科学的で合理的な経営の推進を図る人財の育成(本稿の後半で論じます)。
次に、CFO人財の能力向上や育成プロセスについて考えましょう。「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営」を志向する中で、上記のような資質・姿勢・能力が求められるCFO人財の育成の検討に際して重要と思われる3つの項目を挙げます。
・時代認識:いまほど学び(学習)が重要性を増している時代はない
・理論と実践の融合:OFF-JT(理論)とOJT(実践)のバランス
・ジョブローテーションとキャリア開発:T字モデルと守破離プロセス
筆者は還暦の2019年3月に自己啓発と実務家教員就任前の準備の一環として、米国ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)主催で初の日本(東京)開催となった短期プログラムMITブートキャンプに受講生として参加しました。
“The Future of Work. Work of the Future(仕事の未来、未来の仕事)”と題された最初の講義で、責任者のサンジェイ・サルマ教授・MIT副学長は、継続的な学習の重要性を訴えられました。
「技術革新のスピードの劇的な加速化とDXの進展とAIやマシンラーニングの活用に伴って、従来のノウハウやスキルは陳腐化していく。自動化に伴い米国、ドイツ、日本などでは現在の仕事の3割から4割は変容を強いられるとのコンサル会社の予測もある」と始めます。
続けて、「このように自動化が雇用を侵食していくならば、自動化できるスキルは教えるな(教えても無駄になる)」、「陳腐化が加速する状況において、プロフェッショナル社会では、持続的な能力向上のため、効率的で継続的な学習がよりいっそう重要になる」と方向付けます。
そして「仕事の未来は学ぶことだ(The Future of Work is Learning.)」と喝破され、結論として「学びは、新たな秘伝の味になる(Learning is the new secret sauce.)」という内容でした。強いインパクトを受け、目からうろこが落ちます。筆者の同プログラム参加意識は、実務家教員就任を前に平均年齢30歳前後の約100人の受講生を見守るような気持ち――から一転して、再び自身の学び/生涯学習モードのスイッチが入った瞬間でした。
これは、本論考のサブテーマとした「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営の実現」に進む過程において、我々はAIの活用進展に伴う技術革新の大きな変化の渦中にあること、指針を見失いそうな時代だからこそ時代に即した学習が重要性を増していることを、認識させられるものでした。
この連載で何度か触れてきたように、スタンフォード大学経営大学院のフルタイムプログラムへの留学は、筆者自身にとっては、「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営の探究」という目標設定の重要な転機となり、数々の学びを得ることができました。
一方、実務を1~2年離れるフルタイムのビジネススクール留学の是非については、学習内容と学習効率、そして企業派遣留学後の人財活用や定着率も含めて、さまざまな場で議論がなされてきたのも事実かと思います。
そうした議論も背景に生まれてきたのが、ビジネススクールにおける座学とオンライン講座を組み合わせたハイブリッド型のMBAコースや学位非対象の短期的な実践プログラムです。コロナ禍がその背中を押して、展開が加速され拡大してきました。
上記のMITブートキャンプは、「社会課題解決の具体的な起業モデルを創る」目的で、事前のオンラインプログラム受講と1週間のスクーリングを組み合わせ、世界から毎回約100人の参加者を募り、ボストンを皮切りに米州、欧州、豪州、シンガポールなどで開催されてきました。
受講生は、スクーリング前の2~3カ月間にオンラインプログラムで、次のような授業を受けました。
・起業についての基本的なコンセプトや理論の学習
・具体的な起業事例について、MIT卒業生や過去の参加者の事例およびケーススタディーの学習
・自身の起業モデルを作成
メインとなる「起業」の授業は、成功する起業プロセスを24段階で説いたMITビル・オーレット教授の“Disciplined Entrepreneurship”(邦訳『ビジネス・クリエーション!』、月沢李歌子訳、ダイヤモンド社)が使用されました。効率的な教育と学習が実現されており、同教授の講義とMIT卒の起業家からの実話/ケーススタディーがオンライン授業で必要に応じて繰り返し視聴できます。
スクーリングは、各自が起業モデルを持ち寄り、約100人(うち、日本人約3割)の受講生が20チームに分けられ、発表準備のため平均睡眠時間4~5時間となる1週間で、チームとしての起業モデルを創り上げ、最終日に発表し、優劣を競うものでした。
一説によると、世界のビジネススクールのランキングでハーバードやスタンフォードの後塵を拝してきたMITは、このブートキャンプによりいっきに評価を高めたそうです。前述のサンジェイ・サルマ教授の「効率的で継続的な学習」のメッセージは、このような新しい形の学びを示唆されてのものでした。
CFO人財育成に関わる「理論と実践の融合」は、OFF-JT(理論学習)とOJT(ジョブローテーションによる実践・経験領域の拡大)のバランスを取り、効率的で質の高い学習と実務経験の機会を活用していくことだと筆者は考えます。
コロナ禍を機に、ビジネススクールによるオンラインプログラムも拡充が進み、さまざまな学習機会が生まれてきています。読者の皆様には、積極的な姿勢で、「自分に投資(特に時間を投資)」されることを推奨させていただきたいと思います。
筆者が特任教授を務めた東京都立大学ビジネススクール(大学院経営学研究科)でも、20代から50代まで幅広い年代のビジネスパーソンが、週末と夜間を利用して学ばれており、努力に敬意を払いながら3年間教壇に立ちました。筆者自身も、サンジェイ・サルマ教授の“The Future of Work is Learning.”を胸に生涯学習を続けていきたいと考えています。