T字モデルと
守破離のキャリア開発
キャリア形成には、T字モデルと世阿弥の守破離の考え方によって、ジョブローテーションを進めていくのが効果的です。
仕事における守破離プロセスは、自身の経験から、後述の通り「業務修得」「BPRと効率化」「標準化と形式知化」の3段階としました。
筆者自身の経歴を振り返ると、おおむね2年から5年のサイクルで異動や転職をしてきました。経験則に基づくと、1職務3年から4年をめどとしてキャリアパスを積んでいくのが、理想的で効果的と感じています。
単に1職務の担当期間のみに焦点を当てて「この仕事が長くなってきたから異動する」は、あまりお勧めできません。「現職務で守破離プロセスを経て、BPR(業務革新)により業務の標準化、マニュアル化と形式知化が完了し会社に貢献できた。自身も成長をしたので次のレベルの職務に挑戦する」という本質的なことが重要と考えます。
社内でCFO人財を育成していくには、T字モデル横軸に相当する職務経験領域拡大のためのキャリアパスとして、CFOの主要機能をできる限り多く経験することが望まれます。
本連載第1回で言及した図表6-2左側のT字モデル(アルファベットTの横軸が担当職務領域、縦軸が専門性のレベルを表す)では、
・横軸の職務経験領域は、財務関連主要5機能間を異動することで拡張されていきます。
・縦軸の専門性のレベルは、この図では3階層(スタッフ層、管理層、経営層)で表示したイメージで、上位階層に向けて高度化・レベル向上を図ります。
キャリア形成のプロセスは、「点」から「線」に進み、そして「面」となるイメージになります。
新卒配属時の担当業務で1領域・1職務の「点」からスタートをして、担当業務変更や異動により、図表6-2の上図の2軸の「線」で構成されるT字モデルに移行します。異動を重ねて2軸の線が縦横に延びていくことは業務経験の広がりを示します。
さらに、経験を積み重ねていくことで、図表6-2の下図の全領域で高度な専門性獲得を表す「面」に近づいていくイメージです。これがCFO人財育成の一つの理想形のジョブローテーションと考えますが、点から線、線から面への進化向上のプロセスのルートは、無数にあります。たとえ、一時期希望にそぐわない業務担当変更や異動があっても、経験領域を広げるこのプロセスの一過程と受けとめ、想定もしていなかった成長にもつながるという希望も持って、真摯に取り組んでいくことが大切だと思います。
このT字モデルの横軸と縦軸を一度に同時に拡張する機会は、CFO機能では、海外現法の業績結果責任を担う経理財務責任者(CFOの役割)への異動です。業績結果責任に重点を置く中で、海外現法のCFOとして、IRを除く財務関連4機能を担当することは、CFO視点と視野修得の貴重な機会になります。
次に、1職務担当期間に達成が期待されることを守破離プロセスで見ていきましょう。経営の時間軸が速まっている現在では、守破離の標準サイクルを1職務3年間とすることが効果的で効率的と思います。
守破離の各段階を見ていくと(図表6-3参照)、
守:最初の守(実務修得)の段階では、コンプライアンス順守の観点からの抜け漏れを生じぬよう、できれば1年目スタート時点からの拙速な業務改革着手は控え、上司・前任者の指導の下でいち早く現状の実務と業務プロセスの修得と課題把握に努めます。同時にOFF-JTにも取り組みながら、業務のベンチマークやベストプラクティス調査を行い、2段階目の業務改革BPRに備えて業務プロセスのTO BEモデルとBPRプランを描きます。
破:2年目の破(BPRと効率化)の段階では、守の段階で描いたBPRプランに沿って、積極果敢にBPR(業務改革・業務革新)を断行し、その成果を評価します。
離:3年目の離(標準化と形式知化)の段階では、BPR完了後の革新的な業務について、自身の属人的なノウハウにとどめぬように標準化、形式知化、マニュアル化をして後任者への引き継ぎもスムーズに行います。
このような守破離のプロセスにより、BPRと業務の標準化、ノウハウの共有を行うことで、組織/会社にとっては業務の効率化や高度化が進みます。と同時に、個人の育成とキャリアパス形成をウイン・ウインで進めることが可能になります。
ところで、この守破離プロセスの考え方は、筆者が新卒配属先の三菱電機の神戸製作所で、経理から入社前からの希望だった営業部門へ異動したい一心で、取り組んだのが発端です。早く異動できるように、先ずは、担当の経理業務をきちんとこなす。次に、自助努力による業務改革を行って効率化を実現する。業務改革完了次第、属人レベルに留まらぬように業務標準化と速やかな引き継ぎ用にマニュアル化する。結果、異動がかない、速やかな引き継ぎを行う――というストーリーを想定したものだったのです。
結果として、異動先は、営業ではありませんでしたが、もう一つの希望であった海外(英国)勤務が早い時期に実現したという経緯です。
CFOを務めた会社で、守破離プロセス説明の数カ月後に、業務改革(BPR)の報告を受けることが何度もありました。それは、業務効率化実現とやり遂げたメンバー(管理職とスタッフ)の成長を目の当たりにするプロフェッショナル冥利に尽きるひとときとなります。
図表6-4は、T字モデルと守破離プロセスジョブローテーション(OJT)と社内教育と自己啓発(OFF-JT)の統合によるキャリア開発と形成のひとつのイメージモデルです。ジョブローテーションによる担当職務(黒字)とOFF-JTテーマ(赤字)を併記しています。
モデルを見ていきます。キャリアの初期段階で、現場・現物・現実の3現主義修得を意識して、工場のFP&Aをスタートに、制度会計(単体)、税務、財務、海外子会社CFO、本社制度会計(連結)、IR、本社FP&Aの順でキャリアを重ねていくモデルです。
上記CFO人財育成のイメージモデルに加えていなかった項目があります。
リスクやクライシス(修羅場)体験です。自身の成長を振り返ると連載第1回に記載のクライシス(修羅場)体験は、一部痛みも伴いましたが、プロフェッショナルとしての自覚を高め、思索を深め、成長に有益なものでした。
その経験則に基づくと、“Calculated Risk/Crisis(顕在化確率と最大損失規模があらかじめ想定されるリスクや危機)”対応は、一つの成長機会です。危機耐性力の観点から、社員個人と会社にとって許容範囲内のリスクやクライシス(修羅場)体験の機会提供は、慎重な対応が求められますが、検討に値すると思います。
具体的なCalculated Risk/Crisisの例には、事業撤退の「しんがりの闘い」も想定される、製品サイクルや事業サイクルで成熟期から衰退期の事業を担当する機会などが挙げられます。教科書に答えのない、すべてが応用問題の局面で、自己責任で業績結果責任を担うことは、より実践的(実戦的)な人財育成につながります。
ところで、このような“Calculated Risk/Crisis”の機会提供をする組織においては、前提として人事評価制度を減点主義から加点主義に転換しておくことが重要と考えます。シリコンバレーでよく言われてきた「ベンチャーキャピタリストは、失敗経験のある起業家に優先度高く資金提供をする」ことは、失敗体験の重要性を物語っています。懐の深い対応が人財を活性化させ、優秀なプロフェッショナルを育んでゆくことは覚えておきたいことです。