CFO人財の確保

 最後に、CFO人財の確保について、社内でのジョブローテーション、社外からの受け入れ、中途採用の面から考えていきます。

 ・社内のクロスファンクショナルなジョブローテーション

 CFO機能内のジョブローテーションに加えて、多くの企業でその他の機能とのジョブローテーションが行われていると認識しています。CFO機能の中で事業関連の知見が求められるFP&AやIR、また税務の移転価格関連などで事業部門との異動が功を奏した事例を数多く見てきました。

 CFOの役割を再定義した上で、この社内のクロスファンクショナルなジョブローテーションを推進すると、CFO機能人財の確保と育成に関して新たな展開が可能になっていくと思われます。

 ・外部プロフェッショナルの受け入れ(出向受け入れや民間企業間の人事交流)

 CFO機能人財のプロフェッショナル化とレベル向上の一環として、日本電産とブリヂストンでは会計監査人以外の監査法人からプロフェッショナル会計士を派遣していただきました。その結果、CFO組織の社員との連携により、経営管理の高度化に向けたシナジーが現場で生まれました。

 派遣会計士の配属は、経理や内部監査部門をはじめFP&A、財務、税務企画と各CFO機能にわたり定量的経営管理における専門性発揮と新たな視点による業務改革で大きな成果が生まれました。また、派遣会計士と監査法人にとっても、クライアントのニーズを知って、その要請に応えながら、監査効率とレベルの向上につながり、派遣された会計士のスピード成長にもつながったとのフィードバックが届きます。まさに事業会社と監査法人のウイン・ウインの“産監”連携の事例となりました。

 筆者自身も、上記のようなウイン・ウインの関係構築も含めて、監査法人の幹部、パートナーの方々からは多くの気づきをいただいてきました。特に、若い時期に3カ国の海外駐在をした当時は、時差に加えて通信手段の制約もあり本社とのコミュニケーションの機会は限られていたことから、現地における監査法人の方々との適切な情報交換は、貴重な学びの機会となっていました。

 “産監”連携に加えて、今後重要になってくるのは、民間企業間の人事交流と考えます。ジョブ型への移行や、プロフェッショナル人財の育成、定着率の維持向上などが課題となってくる日本企業では、企業間の人事交流は効果的に機能する可能性が高いと思います。企業間の人事交流導入には、さまざまなハードルも予想されますが、利害関係のない異業種間の人事交流などを軸に検討の余地と効果の大きい取り組みといえます。

 ・プロフェッショナル人財の中途採用

 労働市場のプロフェッショナル化の進展と流動性の上昇を背景に、重要な機能のキーとなる社員の流出を経験する企業も増えていると推察します。前項までに論考してきた「CFOの役割の再定義」「T字モデルと守破離プロセスによるジョブローテーション」「OFF-JT教育制度の充実化」等により、労働市場から高度専門性のあるプロフェッショナルの中途採用は促進できると考えます。

 プロフェッショナル市場のあり方を垣間見て、人財育成にも参考になる事例を記載します。
連載第1回と第4回に詳述した、1987年に赴任した三菱電機ロンドンエンジニアリングセンターでは、事業遂行のコアコンピタンスを担う英国人エンジニアの定着率/流動性は英国標準並みながら、当時の日本の退職率と比べると相当高いレベルにありました。

 そのような環境で費用対効果の観点から、高額の教育投資を続ける是非について、英国人トップに尋ねたときのことです。

「たとえ、高額な研修派遣直後に優秀なエンジニアが退職し、今後も退職リスクがあっても、教育投資は重要であり継続する必要がある。それは、社員の能力開発と定着率の維持向上に寄与するとともに、会社としてきちんとした教育投資を行っている姿勢がプロフェッショナルな労働市場において評価される。社内の教育・育成環境が維持向上されれば、他社で十分な教育を受けた優秀なエンジニアの採用にもつながる」との答えは深く得心するものでした。 

 企業内の教育が、高度専門性を有するプロフェッショナルなエンジニアを育む。優秀なエンジニアがそれぞれのキャリアステージで、次のキャリア形成の機会に転職を選ぶこともある。それは、流動性のある労働市場の中で、一企業を超えて産業界全体で優秀なエンジニアを育み続ける“生態系(エコシステム)維持のための企業責任”である、と想起させられました。ダイナミックなプロフェッショナル労働市場を俯瞰する、視座の高い大局観に基づく説明と受けとめました。

 労働市場の大きな潮流の中で、リスキリングの教育投資を進める企業側にも意識改革とバランス感覚が求められていくと思います。CFO機能においても、視座を高めて大局観を持ったCFO人財の育成と確保が求められる局面となってきていると感じています。

 本稿、この連載第6回の前半にT字モデル関連で引用した、若手プロフェッショナルからのフィードバックからは、自身のキャリア形成に真摯に向き合う姿勢が伝わってきます。そのような有能なプロフェッショナルの持続的な成長を支援し、同時にモチベーションを上げて定着率の維持向上を図るため、企業は常時人財育成の観点から機会提供と育成に当たる重要性を改めて認識します。

 “The Future of Work is Learning.”を踏まえた学びの風土の醸成と学び続ける組織への変革、T字モデルと守破離プロセスによる社内の人財育成。社内のクロスファンクショナル異動、民間企業間の人事交流、高度専門性を有するプロフェッショナル人財の中途採用等による人財確保。

 このような人財育成と人財確保施策の同時並行の推進が、CFO機能の向上、ひいては日本企業(製造業)の競争力向上につながっていく好循環を生んでいくと考えます。

 CFO機能人財の活性化と人財育成が進み、数多くのプロフェッショナルCFOが日本企業のトランスフォーメーションと持続的な企業価値向上のリーダーシップを発揮していくことを心から願って、今回の連載を終わらせていただきます。

(創業)経営者からの学び

 今回の連載は、筆者自身の40年にわたる経歴の詳細を振り返る機会ともなり、改めて数多くの良縁と機会(運)に恵まれてきたことに、執筆途中に感謝の念が湧き上がってきました。特に、創業者と経営者との出会いに恵まれてきました。

 

 三菱電機の志岐守哉元社長は、筆者の英国駐在当時に現役社長として来訪され、筆者も謦咳に触れる機会をいただきました。

 

 志岐元社長の言葉「仕事が人を育て、人が仕事を拓(ひら)く」は、「仕事と正面から真剣に向き合って取り組むことが自己成長につながる。そして、成長を遂げたら、今度は仕事のレベルを飛躍的に上げて、後任/後進に引き継ぐ」と筆者は解釈しました。それは、本稿で言及の守破離プロセス(業務修得・BPRと効率化・標準化と形式知化)の思想にも通じるものです。至言として受け止め、退職後も困難な局面に遭遇した際など、折に触れ思い出し鼓舞されてきた、心の琴線に触れる言葉です。

 

 また、「三菱グループの経営理念」として1930年代に記されたという「三綱領(所期奉公・処事光明・立業貿易)」は、社会貢献、公明正大、グローバルな視野に立脚した事業展開を謳い、それは現在のDE&Iの概念にも通じ、三菱グループは常に進取の精神で経営が推進されてきたと筆者は解釈するものです。

 

 サン・マイクロシステムズの創業者スコット・マクネリー元CEOは、スタンフォードOBで3人の仲間と「Network is the Computer(ネットワークにつながってこそコンピューターだ)」をビジョンに掲げ、後にシリコンバレーの象徴的な一社といわれるサンを起業します。サンは、スティーブ・ジョブズ不在時期のアップル買収の有力候補としても報じられましたが、マクネリー元CEOは、そのようなサンの成長を導きました。

 

 ITバブル崩壊直後には、非常にアグレッシブな経営姿勢で知られた創業CEOみずからが、危機対応として“Cash is King!”を前面に、手元流動性の高さと、キャッシュフロー経営の重要性を訴えました。また、マクネリー元CEOは、筆者のパロアルト本社出張時の個別面談申し入れにも、オープンでフランクなシリコンバレーの流儀そのままに応じてくれるなど、現在のDE&Iと同義といえる多様性を重んじ、率直な意見交換を可能にする文化を体現していました。

 

 サン関連では、スタンフォード経営大学院留学中の学部長マイケル・スペンス教授は、筆者の入社前にサンの社外取締役を務められていたご縁もあり、香港開催の同教授のノーベル経済学賞受賞祝賀会兼同窓会での談笑はサンにも及びました。それは、シリコンバレーの産学連携のレベルの高さと、それが生み出す質の高いイノベーション/オープンイノベーションについての認識を新たにしてくれました。

 

 日本電産(現ニデック)永守重信社長(現会長兼最高経営責任者)からは、筆者の役員在任10年間に本連載にも一部引用をした次のような言葉をはじめ、心に残る無数の学びの機会をいただきました。

 

 ・経営は結果がすべて、経営は数値管理、経営はリスク管理
 ・高い目線、低い固定費、闘う気概
 ・経営上の難しい問題を解決するために経営幹部はいる
 ・三大精神(情熱・熱意・執念、すぐやる・必ずやる・できるまでやる、知的ハードワーキング)
 ・ハンズオン、短周期サイクルの詳細確認(筆者表現)、任せて任さず
 ・「甘く、遅く、中途半端」を戒め、「厳しく、早く、完璧に」

 

 など、経営者の気概を前面にして経営幹部を鼓舞し、「科学的で合理的」な側面を兼ね備えた経営と実践的経営哲学は、今後体系化の進展とともに、日本の企業経営者育成に活用される機会が増えていくと考えます。

 

 今回の論考は、同社の公表事実と筆者在任中にIRやメディア対応の際に説明をしてきた内容を基に再編集していますが、ニデックの経営については、機会があれば最新の状況も踏まえて、体系的な考察を進めていきたいと考えます。

 

 ブリヂストン(1931年創業)の創業者、石橋正二郎氏は、売上高4兆円企業に成長した同社に加えて、日本合成ゴム(現JSR)とプリンス自動車(統合を経て現日産自動車)の設立にも大きく寄与した、日本人離れしたスケールの大きな構想力と度量、視座の高い大局観を持った起業家であり経営者と受け止めています。

 

 筆者は同社のグローバルCFO就任を機に、経営理念、創業者関連施設(福岡県久留米市)訪問、著作物、語録、社内の口伝などから浮かび上がる経営者としての心得、統率力、人格などについて学びを得ました。

 

 1988年買収の米国ファイアストンを含め海外の売上高構成比が7割を超えるブリヂストンには、社是の「最高の品質で社会に貢献(英文表記:Serving Society With Superior Quality)」がしっかりと根づいています。

 

 また、「会社は公器。創業者による『脱同族路線の展開』」(『見・聞・録による石橋正二郎伝』、大坪檀著、静岡新聞社)という当時では進んだ考え方が、グローバル企業への成長をもたらしました(注:創業者と同姓の現CEOは血縁関係にないと報じられています)。

 

 このような卓越した創業者や経営者の背中を見て、謦咳に触れながら、信念に裏付けられた経営力と指導力などを直接学ぶことは、まさに実践的な経営の学習機会です。

それらは、縁と運も介在した「直伝」と「口伝」による学びであり、心に深く長く残るもので「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営」を探訪する経営人財の育成には、かけがえのない学習機会になると筆者は考えます。