上場企業の「PBR1倍割れ」が取り沙汰されて久しい。企業価値向上が経営者の努めであることは論をまたず、1を超えて事足れりではむろんない。では、何が問題か。どう対処すべきか。早稲田大学経営管理研究科の西山茂教授、デュポン元CFOの橋本勝則氏、オムロン元執行役員グローバル理財本部長の大上高充氏と、当代きっての企業財務の論客が、CFO協会シニア・エグゼクティブの日置圭介氏のモデレートのもと、PBR1倍割れ問題を起点に、日本企業の構造的な経営課題、成長性を阻害する要因について語り合った。2回に分けてレポートする前編では、成長手段としての新規事業創出やM&A活用における桎梏、IR(投資家向け広報)での課題を分析し、それぞれの経験を踏まえた解決策を提示する。明日公開の後編では、コングロマリット・ディスカウントをどう考え、事業整理はどうすべきかの具体論から、日本全体としての経済成長論へと広がった議論の詳細をお伝えする。(構成・文/奥田由意、撮影/加藤昌人)

PBR1倍割れ問題の本質は何か

日置 東京証券取引所が今年3月、PBR(時価総額÷自己資本)1倍割れ等に関して上場企業への対応を要請して以来、この問題が投資家や経営者の間でよく取り沙汰されます。「1倍割れ=悪」との論調が大勢です。確かにコーポレートファイナンスの観点では、1倍割れは企業価値を毀損しているのでよくないことではあります。ただ、だからといって数値を上げるためだけに配当を上げるとか、自社株買いをするというのはあまりにも短絡的です。根本には、日本企業や産業の構造的な問題があると考えますが、いかがでしょうか。

西山 PBR1倍割れは企業価値を毀損していると言えますが、テクニカルにレバレッジを利かせればいいとか、配当を多くして株主還元すればいい、という話ではありません。これをひとつのきっかけとして、ROE(純利益÷自己資本)とPER(時価総額÷純利益)の問題として捉え(PBR=ROE×PER)、それぞれを上げていく、成長性も考えながら、事業の収益性や投資効率をしっかりレベルアップしていくことが肝要だと思います。

企業財務の論客が激論【前編】「PBR1倍割れ」の真因と解決策を示す西山 茂 教授(にしやま しげる)
早稲田大学経営管理研究科(ビジネススクール)教授
早稲田大学政治経済学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートンスクール修士課程修了(MBA)。1984年監査法人サンワ事務所(現有限責任監査法人ト-マツ)入社。日本企業および外資系企業の会計監査、企業買収支援、株式公開支援などの業務に従事。95年に西山アソシエイツを設立して代表に就任。企業買収支援や株式公開支援、経営管理体制構築、教育研修などの業務を担当。2002年より早稲田大学で教鞭を執り、06年より現職。同大学院では会計・財務分野の研究、教育を担当。学術博士(早稲田大学)。公認会計士。上場公開企業の社外役員等も歴任する。

橋本 対症療法として1倍以上にするのではなく、実質的な成長が伴うように体質改善すべきです。また、株価形成に際しては、経営者がIRを通じてそのメッセージやストーリーをマーケットにしっかりと伝え、評価してもらう努力が必要です。その際、実現可能性のないストーリーを語って大風呂敷を広げるのではなく、確固たるビジネスプランがあることが大切です。アナリストには、そこをしっかり見極める目を持ってほしい。

大上 PBRの分子、すなわち企業価値そのものをいかにあげていくかが大切です。企業価値は将来のキャッシュフローを現在に割り戻した現在価値ですから、そのシナリオがきちんと描けているかどうかが本質ですね。

橋本 1.0は合格ラインでもなんでもない。PBRが1.1だったらセーフなどと考えている経営者はさすがにいないとは思いますが(笑)。